「湊と付き合い続けなくても、この先借金取りに追われる心配はないし、言ってくれれば必要な額だけ援助するわ。派遣社員だと将来も不安でしょう?うちの会社で正社員として雇ってあげてもいいのよ。どう?いい条件じゃない?」

 聡子は腹を空かせた魚の前に、大量の餌をまくかのように魅力的な条件を並べた。
 すると、黙っていた紫遥は少し考えた後におずおずと尋ねた。

「本当ですか……?」

「ええ、もちろん。契約書を書いてもいいわ」

 聡子はにっこりと微笑んで答えた。紫遥の反応を見る限り、今回もスムーズに解決できそうだ。
 
 今まで湊に近づく女は色々見てきたが、欲しいものをちらつかせれば、大抵は湊と別れることを躊躇わず、聡子の言う通りに動いてくれた。
 このまま聡子の反対を押し切って湊と付き合い続けたとしても、結婚も許されなければ、湊が持つであろう財産も手に入らない。それならば、大金を貰い、身を引いた方がいいに決まっている。そう考えるのは自然なことだ。
 
 そこそこ売れている女優ですらそう判断するのだから、聡子が提示した条件は、生活に困っている紫遥にとっては蜜のように甘い言葉に感じるだろう。

 しかし、聡子の思惑とは異なり、紫遥はあわてて訂正した。

「いえ、そうではなくて私の借金を全額返したという話です。本当ですか?」

 予想外の言葉に、聡子は眉をひそめた。