目の前の男が、まさかあの、久我湊であるなんて思いもしなかった紫遥は、冷静を装うのに必死になっていた。

 高校の後輩という言葉だけで表すには足りない関係で、友人や恋人というには未熟な関係の二人だった。

 「芸能の仕事してるんだよね。俳優さん、とか?」

 紫遥がそう言うと、湊の眉が怪訝そうにピクリと動いた。
 
「もしかして、テレビあんまり見ないですか?」

「そうだね……というか、家にテレビないから、見たくても見れなくて。久我くんが芸能人だなんて、びっくりしちゃった」
 
 湊は予想外の言葉に拍子抜けしてしまった。まさか彼女が、自分の知名度はおろか、芸能界にいることすら知らなかったなんて。
 
 紫遥は無愛想に黙り込む湊の様子を見て、慌てて付け加えた。