紫遥は生まれてからずっと贅沢とは無縁の生活をしてきた。

 高校3年生の夏、自由奔放な母親が置き手紙を残し、失踪してから8年経った今でも、それは変わらない。

いまだに住んでいる場所は、築40年の古いアパートの1Kだし、給料日のご褒美は手頃な価格帯で人気の、チェーンのイタリアンレストランでミラノ風ドリアを食べること。

 さらに、中学生の妹、真夏と一緒に暮らしているため、出費はバカにならない。給食代や、教材費、部費、野外活動の費用……稼ぎ頭であるはずの両親がいない仮屋家では、それらはすべて紫遥一人の稼ぎでまかなっていた。
 
 とはいえ、高校を中退している紫遥が、この就職難の時代にいい仕事に就けるはずもなく、派遣社員として、更新が切れるのをビクビクしながら働く毎日だった。

 そんな生活は決して楽ではなかったが、幼い頃から苦労続きの紫遥にとっては、一応ではあるが手に職があり、毎日食べるものに困らない生活を手に入れた今の方が、何の力もなかった学生時代に比べてよっぽどマシだった。
 

 しかしつい2週間前、そんな日常が一変した。
 テレビドラマでしか見ないような借金取りが、家に来たのだ。
 
 もちろん紫遥に借金をした覚えはなく、それは紫遥の母親のものだった。しかし、母親の居場所がわからなくなったため、娘である自分の元に来たのだという。
 
 「500万」
 
 そう告げた借金取りは最初はヤクザらしい顰めっ面をしていたが、目の前にいるか細い女と、怖がってカーテンの後ろに隠れる少女のみすぼらしい住処を見て、こいつらが500万も持っているはずがないと確信したのだろう。
 
 「返す気があるなら……そうだな、3ヶ月待ってやる。風俗ならいつでも紹介できるから気が向いたら連絡しろ」

 と、電話番号を書いた紙を紫遥に握らせ、去っていった。

 
 その時のことを思い出すと今でもキリキリと鋭い頭痛がする。

 あの母親のことだ。いつかこんなことがあるんじゃないかとどこかで思っていた。紫遥はその日のうちに、派遣社員として働きながら、夜や休日にも働ける、比較的時給の高い仕事を探し、今の職、家事代行スタッフに行き着いたというわけだ。