紫遥ははあーと大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせたあと、湊を見て言った。

「それで、真夏には自分が、父親が必要だっていうの」

「……」

「真夏にはずっと父親のことは知らないって嘘ついてた。もしあの人が真夏に近付いたら……私にしたのと同じことを真夏にしたらどうしよう……!」

 紫遥は湊に縋り付くように腕を強く掴んだ。
 あの時は助けてと言えなかった。けど、真夏を守るために誰かに助けを求めないと気が狂いそうだったのだ。
 湊はそんな紫遥を見て、ハッキリと言った。

「警察に行きましょう」

「え?」

「何年も前のことでも、こうやって先輩は苦しんでる。先生は、あの人は自分が悪いことをしたと気付いていないんですよね?先輩と真夏ちゃんが安心して暮らせるようになるためにも、まずは警察に相談して……必要であれば弁護士も紹介しますし」

「ダメ、それはダメ」

「どうしてですか?」

「真夏が本当のことを知った時、自分の父親が犯罪者だって知ったらショックを受けるはずだもの。それに……あの男とのことを、警察に事細かに説明するのが嫌なの」

「……」

「けど、真夏をあの男に取られたくない。あの男が真夏の父親であることは事実だし、親権を主張されたら、私は何も出来ない。今日だって、真夏も楽しそうに話してた。もしかしたら、あの人が本当の父親だって知ったら、一緒に暮らしたいって言い出すかもしれない。そうなったら私……」

 消え入りそうな声が震え、紫遥はまた俯いた。
 
 真夏を心配していると口では言いながら、実際は真夏を失いまた孤独になりたくないだけなのかもしれない。真夏を守ると言いながら、結局自分のことしか考えていないのだ。
 今の自分に、母のことを責める権利があるのだろうかと紫遥は情けなさでいっぱいになった。

 すると、湊は俯く紫遥の足元にしゃがみ込んだ。
 
「先輩、結婚しましょう」

 そう言って湊は震える紫遥の細い指にキスをした。
 あまりに突然の出来事に、紫遥は後退りした。

「久我……っ、くん……?」

「俺が、先輩のこと幸せにします。だから、俺と結婚してくれませんか」