だから、高校に入る頃にはすっかり俳優などという夢は諦め、兄と同様、日本一と言われる大学への進学を目指し、ひたすら勉学に励むつもりだった。

 しかし、紫遥と出会って、湊の「俳優」に対する想いは再燃したのだ。
 目の前にいる彼女はそんなことを知る由もない。


「元々中学の時から憧れてて、けど親から反対されるのは目に見えてるし、諦めてたんです。だから大学も普通に受験して、進学するつもりだったし。けど、やっぱり俳優の夢諦めたくないなーって思えてきて、もちろん両親からは反対されてたんですけど……山口先生が親に色々言ってくれたんですよね」

 紫遥が嫌っているであろう山口に手助けしてもらった、と口にするのは躊躇われたが、自分が知っている山口は生徒思いのいい先生だった。

「そっか。じゃあ、先生は久我君にとっての恩師だね」

 紫遥はそう言ってにっこりと微笑んだが、無理をしているようにしか見えなかった。
 ズキズキと湊の良心が痛む。

 紫遥はこんな時でも無理をして笑っている。決して本心を見せたりしない。ブルブルと押さえ切れない震えと戦いながら、「大丈夫」と口にして、平気なフリをする。
 自分はそこまで頼りないだろうか。だから、この人はなんでも一人で抱えて、そして黙って自分の元からいなくなってしまうのだろうか。
 契約で縛り付けていても、いつ消えていなくなるかわからない。あの時の後悔を、もう二度と繰り返したくはなかった。

 そう思うと、自然と口が開いていた。

「先輩、先生と何があったんですか?」

「……え?」

「俺、聞いちゃったんです。先生と先輩が話してるところ」

「……」

 紫遥の顔はみるみるうちにこわばっていった。