湊が酒でクラクラしている頭を抱えていると、紫遥が冷たい麦茶が入ったコップを持って隣に座った。

「結構飲んでたでしょ。大丈夫?」

 ありがとうございます、と紫遥に差し出された麦茶を受け取り、湊はゴクゴクと喉を鳴らし、一気飲みをした。

「高校時代の話とか久しぶりにしたので、盛り上がって飲み過ぎちゃったみたいです」

「そっか」

 紫遥の態度はいつも通りのようにも思えたが、さっきの話を聞いてからはどこか表情に陰りを感じる。
 いっそ直接聞いてみるか?と自分の心に問いかけてみるが、いくら酔った勢いでも「山口先生に性的なことされてたってどういうことですか?」なんて聞けるわけもないし、何より紫遥は傷つくだろう。
 やはり知らぬふりをするべきか。だが、気になる……。そう一人で悶々と考え込んでいると、紫遥が口を開いた。
 
「今さらなんだけど、久我くんっていつから俳優目指してたの?」

「え?」

「高校卒業してすぐに芸能界に入ったんでしょ?高校の時は俳優になりたいだなんて聞いたことなかったから」

「ああ、それは……」

 湊が俳優を志したのは、中学の頃の話だ。といっても部活動で演劇部に入り、演技の奥深さに魅了され「自分もこれを仕事にしたい」そう漠然に思い始めただけだったが。

しかし、エリート一家の三男坊である湊に、「俳優がしたい」など気軽に言えるはずがなかった。
 父は代々伝わる大きな会社の社長で、優秀な兄二人はそれぞれ医者と起業家。「俳優」などは、久我家、とりわけ湊の両親にとっては遊びの延長線上にあるもので、職業ではなかった。
 また当時は、芸能人の不倫や犯罪ばかり取り上げられていたこともあって、俳優を目指すことは、道を踏み外すことと同義だったのだ。