「触らないでください!」

 紫遥の切羽詰まった声に、湊は思わず立ち止まった。

 なかなか戻ってこない紫遥が心配だからと、山口がトイレに向かったあと、湊は会計を済ませ、真夏と二人でたわいもない話をしながら待っていたのだが、ふと紫遥の山口に対する不自然な態度を思い出し、様子を見にきていた。

 山口と高校時代の話をした時、とりわけ美術部での話をした時、紫遥の顔は明らかに引き攣っていた。もちろん顔は笑っていたし、酒が入っていたこともあり冗談混じりに会話をしていた記憶があるのだが、思い出話でゲラゲラと笑う山口を見るあの目は、恩師を見る目ではなかった。
 
高校を中退しているとはいえ、それは真夏のために仕方のなかったことだ。美術部のことも、山口のことも関係ないはず。それなのになぜ、あんなにも気まずそうに、無理をして笑っているのだろう。緊張にしたって、不自然すぎやしないか?

 そう思って、真夏に「二人を呼んでくる」と言って、部屋を出てきたのだ。

 そして、聞こえてきたのは信じられないような話だった。

(ちょっと待てよ……性的なことを先生が先輩にしてたって?真夏ちゃんの父親?なんで先生がそんなこと知って……)

 混乱する頭を抱えていると、山口がこちらに来る気配がして、湊は急いで部屋に引き返した。