「お前は両親の愛を知らずに育ったんだ。そんな人間が、どうやって一人の子供を育てられる?愛してあげられるんだ?お前のせいで、真夏ちゃんが愛情不足のまま育ったらどうする?」

「……」

「それに、父親の存在を知っているのに、意図的に隠してたことが真夏ちゃんのバレたら、お前、恨まれるぞ。子供は誰だって産みの親に会いたいと願うもんなんだから」

 山口の言っていることは、真夏を育てると決めた高校三年のあの日から、紫遥がずっと気にしていたことだった。

 両親の愛情を受けずに育った紫遥は、確かに常に愛情に飢えていた。家に帰っても母親がいないことに、嫌なことがあっても話せる相手がいないことに、全てを投げ出したくなっても頼れる大人がいないことに、コンプレックスを感じていたのだ。

 とはいえ、自分たちを捨てた母親はおろか、そんな母親と不倫関係にあった山口を、自分に性的行為を強要した山口を、真夏の父親として認めることはできなかった。

 だから、決めたのだ。自分が真夏の親代わりになる、と。まだ幼くて、この世界に降り立ったばかりの真夏に、自分と同じ寂しい思いはさせたくなかった。両親はいないけれど、真夏が家に帰ってきた時、「おかえり」と迎えられるように、努力してきたつもりだ。

 しかし、その努力と同時に、紫遥は真夏に嘘をつき続け、裏切ってきた。
 
「パパは?」「ママは?」と尋ねる真夏に、「お父さんとお母さんはもうこの世にいないんだよ」と。

「今は黙っておくけど、よく考えてくれよ。お前がやってることは、真夏ちゃんを傷つける行為だってこと」

「……」

「お前がどう頑張っても、真夏ちゃんの母親にはなれないんだからな」

 山口は言いたいことだけ言ったあと、下を向く紫遥を残して、部屋に戻って行った。
 
 紫遥は足裏から床の冷たさを感じ、全身が凍りつくように、しばらくそのまま動けずにいた。