それからの時間は紫遥にとって地獄そのものだった。よく考えればバレるはずもないのだが、二人に山口との過去が知られないよう、高校時代の恩師として山口との接さなくてはいけないことが、どうしようもなく苦しかった。

 濃いめのレモンサワーをカラカラに乾いた喉に流し込む。食欲はなかった。小鉢に入ったおかずをつついては、箸を置いて、酒を飲んだ。

 すると、酒が回るのはあっという間で、3人が高校時代の話や、芸能界の話で盛り上がっている中、紫遥の視界は徐々に白く濁り、チカチカと何かが点滅して見えた。
 寒気を感じた遥は「ちょっとトイレ行ってきます」と言い、席を立った。


 トイレに入り、指を喉に突っ込むとすぐに吐けた。すると、頭がスッキリとし、だんだん今の状況に腹が立ってきた。

(あの男はなんで私の前で、真夏の前であんなふうに呑気に笑っていられれるのだろう。まるで何もなかったみたいに、ただの生徒と先生みたいに、私に話しかけられるのだろう)

 山口が真夏に笑いかけた瞬間、嫌な汗が流れた。この広くて狭い東京で、山口と偶然会う未来を考えなくもなかったが、こんな風に自分の気持ちをまた偽って、あの男の前で笑顔を作らなければいけないことがつらかった。

 母はあの男のどこがよかったんだろうか。

 すると、誰かがトイレのドアをノックした。トイレはこの階に一つしかないようだったから、外で人が並んでいるのかもしれない。
 紫遥が急いで口を濯ぎ、「すみません」と言いながらドアを開けると、そこには山口が立っていた。

「遅いから心配になって。大丈夫か?そろそろ会計するぞ」