「いえ、高校やめてからは会ってなかったんですけど、最近偶然再会して……」

「それで、色々あって今は湊さんの家に一緒に住んでるんですよ!」

 真夏が紫遥の言葉に続けて、無邪気にそう言った。

「真夏……!それは言わないって約束だったじゃない!」

「え?けど高校の先生なんでしょ?言ったって別にいいんじゃ……」

湊にとっては親しい高校の先生かもしれない。ただ、紫遥にとっては、そうではなかった。
 “親しかった”し、”信頼していた”人だった。だが、今となっては彼は恐ろしく、憎むべき相手なのだ。

 紫遥が血が出るほど唇を強くかんだ。真夏の前でなければ、この男に目の前の熱い茶と罵声を浴びせ、二度と目の前に現れるなと怒鳴りつけたかった。

「遅くなっちゃってすみません!」

 すると、襖が開き、走ってきたのか額に汗を滲ませた湊が現れた。グレーのサングラスをかけ、肌触りの良さそうな黒いウールのコートに、ハイブランドのロゴが入ったスウェットを着ている姿は、やはり一般人とはオーラが違う。

「もう少し早く出てこれるはずだったんですけど、雑誌の取材が長引いて……って、あれ」

 湊はコートを脱ぎながら山口の隣に座ると、目の前に座る紫遥の顔が強張っていることに気がついた。
 
「先輩、すみません。サプライズのつもりで、先生が来ること秘密にしてたんですけど……まずかったですか?」

 秘密にしていたのは紫遥が驚き、喜ぶ姿を見たかったからだった。湊が着く頃には、二人は思い出話に花を咲かせ、和気あいあいとしていると思っていたが、この部屋に流れる空気はどんよりしており、どうやらそういう雰囲気にらならなかったようだった。

 湊の心配そうな顔を見て、紫遥は無理をして明るく振舞った。

「いや、久しぶりすぎて、緊張してるだけ!だって、10年ぶりとかだよ?」

「はは、そうだよな〜俺も仮屋がこんなに大人っぽい美女に成長してるとは思わなくって、びっくりしたよ」

 山口の言葉にまた鳥肌がたったが、紫遥は何も知らない湊に悟られないよう、必死に笑顔を繕った。