一度受け入れたのは自分なのだから、その責任は自分にある。嫌なら、最初から嫌と言って拒絶すればよかった。けど、それができなかった紫遥は、これからも山口を受け入れるしかなかった。助けてと言ったところで、受け入れてしまった自分が悪者になってしまうのだから。
 そして、山口との行為はどんどんエスカレートしていった。

 だが、あの時と違い、紫遥は湊との行為が嫌だったから突き飛ばしてしまったわけではない。山口のことを思い出して、思わず身体が拒否反応を示したのだ。

「先輩?」

 湊に声をかけられ、ハッとする。
 このまま黙っているままじゃ、誤解されてしまう。決して湊を拒絶したわけじゃないのだと、説明しなければならない。

「私、久我くんに触られるのは嫌じゃない」

 紫遥の言葉に、湊は目を丸くした。

「ただ……たまに、突然怖くなるだけで。久我くんが嫌いとか、そういうことじゃない」

「けど、男に触られるの、苦手なんですよね?俺に気遣って無理してるなら……」

「違う」

 自分などが湊のそばに居続けられるとは思っていないけれど、誤解されて距離を取られるのは嫌だった。

「久我くんは特別だから大丈夫」

 紫遥の想定外の言葉に、湊は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
 湊のその反応に、紫遥は自分が思うより大胆なことを言ってしまったのではないかと、今になって顔を赤くした。

すると、湊が遠慮がちに紫遥の頬に触れた。

「そんなこと言われたら、俺だって我慢しませんよ」

「え……」

湊は、紫遥の唇に優しくキスを落とした。今までで一番、柔らかく甘いキスは、紫遥の心を溶かした。

 唇が離れてから、しばらく互いに目を逸らしながら無言の時間が流れたが、しばらくすると、湊は襟足をポリポリとかきながら言った。

「あの、今週末、飯食べに行きません?ドラマの撮影も終わるし、先輩と真夏ちゃんももうすぐ引っ越しだし」

 そうだ、この家にいられるのもあと少しなんだ。と、紫遥は急に現実に引き戻された気がした。
 
 元々この家にお世話になり始めたのは、篠原の件があったからで、住むはずの湊の仕事部屋はもうほとんど家具の搬入を終え、いつでも引っ越せるはずだった。

「うん、行きたい。行こう」

 紫遥の言葉に、湊は優しい笑みを浮かべた。


 それからあっという間に時間は過ぎた。香奈子に言い返した日から、女性社員からのあたりは強くなったと感じたが、仕事をする上で特に不便はなく、いつも通り淡々と仕事をこなし、湊がいる代官山の邸宅に世話になる最終日を迎えた。