そして、高三の夏。母が真夏を連れて帰ってきた時、初めて誰かに、山口から受けている行為を打ち明けようと思った。信頼できる大人に確かめたかった。あの行為は本当に愛なのか、それとも拒絶するべきことなのか、自分は被害を受けているんじゃないのか。その答えを母親に求めたのだ。

 しかし、紫遥の悲痛の訴えに、母親の答えは想像していたものとはかけ離れていた。

「何それ。もしかして教師に女として見られてますよっていう自慢してんの?」

 母親の敵意ある言葉に、一瞬思考がフリーズした。

「昔は可愛い子供だったのに、あんたも卑しい女になっちゃったかー、嫌だ嫌だ」

 母親は穢らわしいものを見るかのように紫遥を一瞥し、ため息をついた。
 娘を心配することも、山口の行為に驚くことも、娘に手を出した教師に対して怒ることもなく、母親は紫遥に嫌悪感すら見せていた。

「お母さん……山口先生のこと、おかしいと思わないの?」

「どうせあんたの方から誘ったんでしょ。色目使ったら、そりゃーそういうこともするじゃん」

「でも、私嫌で……」

「嫌なら嫌って言えばいいだけでしょ?受け入れてるってことは合意してるってことだし。なんであんた被害者ぶってんの?」

 紫遥はその時、唯一の退路が閉ざされたと絶望した。勇気を振り絞って打ち明けた話は、母親に一蹴され、まるでこんなことで悩む自分の方が異常だと言われているみたいだった。