紫遥を思い悶々としている中、ふと湊はある考えが頭をよぎった。よくよく考えれば、もう少しで紫遥が自分の住んでいる代官山の邸宅からいなくなってしまうのだ。何か理由をつけて引き止めたくても、ストーカー上司も東京から離れたから安全であるし、仕事部屋への新しい家具の搬入も今週中には終わってしまう。どうしたものか。

　ただでさえ仕事で忙しくて会えない時間が長いのに、住む場所が異なれば、顔を合わせることもなくなってしまう。｢台本を覚えたいから｣と言って、押しかけようか。だが、部屋数が少ないあの部屋でそんなことを言えば、紫遥が気を遣って外出をしてしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。

　1人で考え込んでいてもいいアイディアは出ない。
　こんな時に、町田という敏腕マネージャーが頼りになるのだ。
　湊が運転席に身を乗り出した。

｢なあ、町田。先輩をずっとあの家に住まわせておくには、どうしたらいいと思う？｣

｢なんですか、いきなり……｣

｢いいから、答えろ｣

　町田はうーんと考え込んだあと、思いついたように湊に尋ねた。
　
　｢じゃあ、1つ聞いてもいいですか？｣

　｢なんだ？｣

　｢仮屋さんのどこが魅力的なんだと思います？｣

　町田はあえて｢どこか好きなんですか？｣とは聞かなかった。素直じゃない湊のことだ。｢好きではない｣と否定されてしまえば、そこで話が終わってしまう。

　｢それは、俺の質問と何の関係あるんだ｣

　｢とりあえず、答えてください。それがわからないと、僕もいいアドバイスが出来ないと思うので｣

　湊は顎に手をあて、うーんと考え始めた。