「私、嬉しかったんです。今まで私のせいで、ろくに自分の時間も取れず、恋愛もしてこなかった紫遥ちゃんが、やっとキスマークつけて朝帰りなんて大胆なことするようになったんだって」

「キスマーク……」

 自分が無我夢中で紫遥の首に吸い付いたことを思い出して、気まずくなる。

 そして、ふと真夏の言葉が頭の中で蘇り、ずっと気になっていたことを口にした。

「その、先輩が今まで恋愛してこなかったっていうのは本当?」

「本当ですよ。私の知る限り、今まで彼氏なんていたことないですし、デートしてる相手もいなかったはずです」

「うーん、さすがにそれはないんじゃないかな。先輩、モテるだろうし、高校の時から結構……男性に慣れてるみたいだったし。真夏ちゃんが知らないだけで、きっとデートくらいはしてると思うけど」

 湊がそう言いながら、美術室の日のことを思い出し、苦笑いする。

「絶対ないです。紫遥ちゃんにそんな暇ないですもん。私が5歳の時に母がいなくなってから、紫遥ちゃんは高校中退して私のために働いてくれてたし、休みの日はずっと私と一緒にいてくれました」

 興信所で紫遥のことを調べた時に、母親と別居していることは知っていたが、高校の時に失踪していたことは初めて知った。だから、紫遥は突然大学の推薦を辞退し、高校を中退したのだ。すべては真夏を守り、育てるため。