タクシーに押し込まれ、ぐったりとしていた紫遥は、隣に乗ってきた男の存在に気づいて、身を固くした。

 薄目を開けても、視界がぼやけて誰かわからない。これからどこに連れて行かれるんだろうか。このままホテルにでも連れ込まれて、無理やり襲われるんだろうか。
 
 けど、目を凝らして見ると、さっきの男とは違う服装だ。それに、どこかで嗅いだことのあるような、懐かしい香りがする。

「……ぱい、先輩!」

 男は自分の肩を何度も揺らした。
 男性に触られるのは苦手なはずなのに、なぜだか嫌な気持ちはせず、むしろ身体の緊張が解けていくようだった。

 そして、徐々にクリアになる男の声が湊のものだと気づき、目を見開いた。
 

「久我……くん?」

「……っ、よかった……」

 紫遥が湊の名前を呼ぶと、湊は一気に身体全体に溜まっていた空気を出すかのように、安堵のため息をついた。
 
「とりあえず水飲んでください。吐き気はないですか?」

 湊が差し出した冷たいペットボトルを受け取り、コクリと頷く。

 一度吐いたからか、目がまわるような気持ち悪さはもうなく、ただ喉の奥が痛むだけだった。
 

 水をゴクゴクと飲み干すと、ようやく酔いが醒めてきて、自分の状況を把握することができた。
 タクシーの中に、自分を追いかけてきた男の姿はなく、いるのは黙ったままの運転手と、心配そうにこちらを見つめる湊だけだった。

「あの……どうして久我くんがここにいるの?」

 ようやくまともに話せるようになった紫遥が真っ先に思ったのは、なぜ湊がここにいるか、ということだった。