お酒に特別弱いわけではなかったが、緊張をほぐすために、もう既に4杯目のチューハイを手にしていた紫遥は、男の距離が異様に近いのにも気付かないほど酔っていた。

 「事情って?誰にも言わないからさ、俺にだけ教えてよ。紫遥ちゃんのこともっと知りたいし」

 男がそう言って、ぐっと紫遥の腰を引き寄せると、紫遥の心臓はドクンと不穏な音を立てた。

 (大丈夫、酔った拍子に触れただけ……ここで変に拒絶したら、空気が悪くなる)

 しかし、男が触れている部分はどんどん熱くなり、次第に紫遥の胃から何か込み上げてくる感覚がした。
 吐く寸前だった。

 「ごめんなさい、私ちょっと外の空気吸ってきます……」

 「え?ちょっと……!」

 紫遥は気持ち悪さに耐えきれず、男を押し退けた。近くにあった自分のカバンを掴み、個室から逃げるように出る。店内で吐いてしまわないようにと、口を押え、急いで靴を履き、店から離れた場所で少しだけ食べたものを戻した。

 (このまま帰りたい……)

 吐瀉物で濡れた口元を手で拭いとり、カバンから水が入ったペットボトルを取り出し、ゴクゴクと飲み干した。

 他の人は皆それぞれ決まった相手に夢中であるし、紫遥が今、一人が帰ったところで場が盛り下がるわけでもない。それに元々一次会で帰ろうとしていたのだ。もう自分の役割は十分に果たしただろう、と、駅の方にフラフラと足を進めると、後ろから突然誰かに肩を掴まれた。

 「……!?」

 「紫遥ちゃん、大丈夫?気分悪い?」

 そこに立っていたのはさっきまで隣に座っていた男だった。心配して追いかけてきてくれたのだろうが、今の紫遥にはありがた迷惑な話だった。