そんな会話をしている中でも、紫遥は手をとめず、湊とキャンバスを交互に見て、着々と筆を進めているようだった。
 30分ほど経っただろうか。いや、本当はもっと時間が経っていたのかもしれない。
 紫遥はやっと手を止め、筆を置いた。
 
「これ、よかったらあげる」
 
 そう手渡されたキャンバスの右下には、英語で「Shiharu」とサインがしてあった。
 
 「しはる……」

 「うん、紫に遥かで、しはる。あ、久我くんの好きな色だね」
 
 そう言って微笑んだ紫遥に、なぜか湊は自分の心臓の音が高鳴るのを感じた。
 
 初めて会ったあの日から、湊は紫遥の不思議な雰囲気に魅了されていたのかもしれない。それから時折美術室を訪れては、絵を描く紫遥の隣で、とりとめもない話をした。

 そして、あの日は訪れたのだ。