「大丈夫ですか?」

 湊の問いかけに、紫遥はハッとした。
 篠原の言葉が、心の奥底にしまっていた嫌な記憶を蘇らせていたのだ。

「ごめんごめん、なんかびっくりしちゃって。篠原さん、本当どうしちゃったんだろうね」

「やっぱり、会社辞めた方がよくないですか?もしくは、こいつのことを人事部に報告するとか」

「そんなことしたら、やっかいな社員だと思われて、派遣の更新取り消されちゃうよ。こないだも上の人が、セクハラとかパワハラとか、最近の若者は過剰に反応しすぎだって怒ってたもの。それに、派遣社員の私の言葉と、立場も権力もある篠原チーム長の言葉だったら、上はチーム長の言葉を信じると思う」

 そんなふざけた話があるかと、声を荒げそうになるが、気丈に振る舞う紫遥を見て、湊は「そうですか」と紫遥の考えを尊重するしかなかった。



 念のため、別々のタクシーで家まで帰ったあとも、湊は篠原のメールが気になって仕方がなかった。
 紫遥は明日もいつも通り出勤すると言うが、篠原のメールは異常だった。もちろん送迎は中村に頼んでいるものの、社内で何かあれば助ける術はない。

 湊は寝室で何度も寝返りをしながら解決策を考えた。そして、自分のこの考えは正しいのか客観的に判断してくれる人物をアドレス帳から探し、そして通話ボタンを押した。

 湊が最も信頼する男、町田悠平は3コール目で出た。

「もしもし」

「湊さん……今何時だと思ってるんですか」

「悪い。けど、大事な相談があって……」