周の口を急いで手で覆った湊は、紫遥の方を向いて「もうすぐ撮影終わるので、待っててください」と必死の形相で言った。

 周と紫遥を二人きりにして良いわけがなかった。湊は文句を言う周を押さえながら、撮影の順番を変えて、早めにあがらせてもらう計画を頭の中で立てていた。
 
 周は拗ねたようにブツクサ言っていたが、湊がかたくなに紫遥に近づけさせないようにするので、諦めて帰って行った。

 

 湊は撮影のスケジュールを変更し、自分のシーンを先に全て撮り終えた。湊の代わりに町田がペコペコと関係各所に謝り倒していたが、そもそも紫遥をこんなタイミングで連れてきたのは町田だ。責任は取ってもらわなければならない。

 紫遥はスタジオの隅にある椅子に座り、遠くからどんどんと撮影をこなしていく湊に見入っていた。
 湊は来月から放送が始まる恋愛ドラマの主役で、一度も恋愛をしたことがない人気小説家として、新人編集者の女性と恋に落ちていく役柄だった。
 
 カメラが回っている時は、普段の湊からは想像もつかないような柔らかな表情で相手役の女性を愛おしそうに見つめる。カットがかかると、表情がパッと普段の湊に切り替わり、次のシーンの台本を手にし、セリフを頭に詰め込んでいるようだった。

 短時間でこんなにもたくさんの表情を作れるのか、と紫遥は感心した。当たり前だが、湊はプロの俳優なのだ。別の人間を演じることも、まるで相手のことを本当に愛してるかのように振る舞うことも容易いのだろう。
 時折自分に向けられる優しい視線も、紫遥が契約を破棄しないようにするための演技なのかもしれない。