楽屋の中から聞こえた問いかけに、紫遥は落としてしまった紙袋を拾いながら、消え入るような声で「私です」と答えた。

 楽屋の扉がガチャリと開き、そこには驚いた顔の湊が立っていた。

「先輩……どうしてここに……」

「差し入れを、渡そうと思って……」と弁当が入った紙袋を見せるが、湊の表情を見る限り、やはり直接渡しにきたのはいい選択ではなかったようだ。
 
 本当は差し入れを町田に渡し、湊のいるスタジオまでついでに持って行ってもらおうと思っていたが、町田が「直接渡した方が喜ぶと思うので!」と言うものだから、その言葉をそのまま受け取り、こんなところまで来てしまった。

 休憩中だと聞いていたから、楽屋に向かったが、湊が誰かと話し込んでいるので、楽屋の前で待っていたのだ。決して、盗み聞きしようとしていたわけではない。

「君が仮屋紫遥ちゃん?」

 なんと言おうか悩んでいると、湊の後ろから周がひょっこり顔を出し、紫遥を興味深く見下ろした。

 紫遥は誰かも分からなかったが、とりあえず「こんばんは」とお辞儀をした。湊は周を見せまいと隠すように部屋の奥へと押し込んだ。

「兄さんは来なくていいです」

「いいじゃないか!可愛い弟の先輩なんだから、挨拶くらいさせてくれよ!」

 そこで初めて湊と戯れ合うようにしている美しい男性が、湊とそっくりな顔立ちであることに気がついた。

「久我くんのお兄さんでしたか……!はじめまして。お話中に邪魔してしまったようで申し訳ありません。私はすぐお暇しますので……」

「じゃあ、僕が家まで送って――」