「仮屋紫遥さん、湊と同じ東栄高校を中退して、今は化粧品会社で派遣社員として働きつつ、Bistiaでもバイト。現在は妹と二人暮らしで、母親は行方知れず。あ、母親の借金を肩代わりしてるから、こんなに働き詰めなんだよね。彼女、苦労人だねえ」

 感心したように何度も頷く周に、湊が自分ができることは周にも簡単にできるという当然の事実を思い出し、ため息をついた。

「ただの先輩ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」

「けどさ、この名前に僕、聞き覚えがあるんだよね。覚えてる?湊が高校生になって、初めて母さんに反抗したこと。大学には進学せずに俳優になるって家を飛び出して……」

 そんなこともあった。真面目で古臭い考えの両親にとって、大学に進学せずに俳優なんて浮ついた職につこうとすることは、考えられないことだった。
 
 ましてや湊は成績もよく、日本の大学であれば選び放題だった。それなのに、得られるはずのキャリアを自ら捨てるなんて、と母親がヒステリックに叫んでいたのを今になって思い出す。

「それでその時、母さん僕に連絡してきたんだよ。仮屋紫遥って子と連絡がとれないように、湊のスマホに細工して欲しいって。その子のせいで湊が俳優になるなんてふざけたこと言い始めたんだって泣いてたよ」

「え?」

 母親がなぜ紫遥のことを知っているのかという驚きもあったが、スマホに細工という不安なワードに心がざわついた。

「それで、もしかして……」

「ああ、僕の会社に所属してたエンジニア使って、湊が仮屋紫遥って子に連絡するのも、連絡が来るのも全部ブロックしたよ。だから、彼女に連絡できなかっただろ?」