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亜矢は、『両親は働かずに祖父の遺産で生活している』と、不満そうな顔をしていたけれど、俺は亜矢の両親がそこまで悪い人だとは思っていない。
だって俺の為にわざわざ料理を作って準備してくれているんだから。
ふと、俺の母の顔が頭によぎる。
俺が母の手料理を最後に食べたのはいつだろう。もう全然覚えていない。
スーツを着て髪をセットする。洗面台の鏡の前で深く息を吐くけれど、緊張がとれたわけではない。
「亜矢、ホテルのお土産コーナーに寄ってっていい? ご両親に何か持っていきたくて」
リビングに戻り尋ねると、亜矢は口を半開きにしたまま俺を見ていた。
「……亜矢?」
「す、すみません! スーツ姿の和登さんがあまりにもかっこよくて……あの、わざわざ、ありがとうございます。でも、うちも何もいりません」
亜矢の俺への気遣いは丁寧で悪い気はしないけれど、でも、やたらと距離を感じる。
「ダメ。亜矢のご両親はベリが丘に住んでいるわけじゃないんだから」
まだお互いのことを知り尽くしたわけではないし、出会ってまだ数日しか経っていないし、当たり前といえば当たり前に思えるけれど、どうしても『半年後に離婚をする』という条件が根本にあるように思えて仕方がない。
そのせいで、亜矢が踏み込んでくれていない気がしていた。