アリスター様とクリフが出て行ってからしばらくのこと。
 私はお母様と、今後について話し合った。

「ともかく、妊娠が分かったのが首都で良かったわ。これが辺境の地だったらと思うと……」
「実は私もそう思っていました。ほんの少しでしたし、色々あったので、まだ親しい友人や頼りになる人が出来たわけではないから」

 ダリルは? と思われるかもしれないが、それは別の枠だ。家令は主人を第一と考えるのが当たり前。友人ではない。妻のハリエットもまた、同様だった。

「あと、信頼できるお医者様もね。部屋に戻ってくるなり、ソファーでグッタリする貴女を見て、サミーが呼んでくれたのよ」
「そうだったんですか」

 私がお母様の後ろに控えているサミーに視線を向けた。

「いつもの感じと違いましたので。グッスリ寝ていらしたのもあり、お医者様に診ていただいたんです」
「その機転もまた、ここにいるから出来たことよ。向こうにも専属のお医者様はいると思うけど、なにぶん男所帯だからね」
「ありがとうございます。サミーも」
「だからこの後、もう一度診察してもらうけど、いい? 心の準備とか」

 珍しくお母様が、事前に確認をとる。いつもはこっちの有無を確認しないで、強引に進めるのに。

 それほど大変なこと、という自覚はある。首都に向かう前にアリスター様と話していたからだろうか。

 後継者について。

 無事に産むことができるのか。性別とか。育児とか。不安は尽きない。
 お母様は私たち三人を産んでも、こうして元気だけど、アリスター様のお母様は、出産でさらにお体を悪くされた、と聞く。

「私も自分の体がどのような状態なのか、これからのこととか気になるので、診察は問題ありません。ただ……」
「そうね。色々と不安になることは多いでしょう。私もそうだったから」
「お母様も?」

 いつも自信満々で、向かうところ敵なしのお母様が!?

「どんなに体が丈夫でも、産後が悪い人もいるし、出産してから体の調子が変わる人もいる。それに……」
「それに?」
「貴族は男社会だからね。無事に男の子が生まれてくるのか。心配だったのよ」

 確かに。特にエヴァレット辺境伯は国境を守護する役目がある。ベルリカーク帝国は男性にしか爵位を継げないこともあるけど、あの騎士団を統率するには、やっぱり……。

「……男の子」
「メイベルの場合は心配することはないわ。女の子、特にメイベルに似ていたら、どうにかしてくれそうなのが約二名、いえ三名いるでしょうからね。私を含めたら四人になるわ。どう? 心強いでしょう。だからメイベルは、安心して自分のこととお腹の子のことだけを考えなさい」
「ふふふっ。お母様、励まし方が凄いですよ。いくらたとえであっても」
「あら、たとえ話とは言い切れないわよ。ねぇ、サミー」
「はい。勿論です」

 自信満々に言うサミーを見て、私は逆に不安になった。

 このお腹の子が、私に似た女の子だったら大変なことになる。
 お母様を筆頭にお兄様やクリフが、その子のために色々と働きかけてくれるのは嬉しいけれど……それによって皇帝や皇后に迷惑がかかるのではないだろうか。

 そして男の子だった場合は、喜んでくれるかさえも。特にアリスター様に似ていたら……。

「ふふふっ。大丈夫よ、メイベル。どんな子が生まれてきても、皆、歓迎してくれるわ」
「っ! ありがとうございます」

 本当にそうだといいな、と思いながら実感のないお腹に触れた。
 そうなると、あとは私の覚悟だ。母親になるという覚悟。


 ***


 お医者様の診断を受けた後、ようやくアリスター様と落ち着いて話をすることができた。

「大丈夫か? その、体調は万全じゃないと思うが、それでも……」
「はい。原因が分かれば気分の方も、いくらかは」
「そうだな。しかし、最初から妊娠が分かっていれば、俺もずっと傍にいたんだが」
「だ、ダメですよ。旦那様はお仕事をしないと。それに、出産まではお母様の提案通り、首都にいたいので、私に付き合っていたら大変なことになってしまいます。ですから……」

 とはいえ、傍にいてほしい気持ちは拭えない。
 サミーやお母様たちとアレコレ子どもの話をするのは楽しいけれど、そこはやっぱりアリスター様が一番だから。
 これからのことも話していきたい。

「すまないが、それは無理だ。身重のメイベルを置いて領地には戻れない。仕事でタウンハウスには戻るが、それ以外は公爵邸にいていい、と公爵夫人の了解は得ている。だから問題はない」
「っ! で、でも領地の方は? ダリルの負担が大きくなるのではありませんか?」

 領主ではないダリルに任せるには、負担が大き過ぎる。
 領地経営はアリスター様がするといっても、実際は下の者たちへの伝達や指示はダリルがする。その上、騎士団への指示やガーラナウム城の管理。

 一人三役もこなす必要がある。サポート役はいるのかもしれないが、それでも……!

「そのダリルからの伝言だ。『こちらのことよりも、奥様を守ってください。エヴァレット辺境伯領にとっても、大事なお身体なのですから』とな。親としては、ダリルの方が先輩だ。ここは従うのが得策だとは思わないか?」
「はい。しかし、これでは責任重大ですね。やはりこの子は男の子でないと」

 お母様はあぁ言ったけれど、領民からしたら男の子が一番いいだろう。
 お腹を擦る手に力が入る。するとアリスター様がその手にご自分のを重ねた。

「俺はメイベルに似た女の子がいいんだが」
「えっ?」
「ピンク色の髪を(なび)かせながら、ガーラナウム城を駆け回る。手当たり次第、笑顔を振りまいているかもしれない。幼い時のメイベルを知っているから、目に浮かぶようだ。周りも自然と笑顔になって、誰も女だからと陰で言う者はいないだろう」

 空いている手で私の頬を撫で、そのまま顔を近づけた。

「んっ」
「俺たちを探して、見つけた途端、駆け寄ってくる。『お母様』と。どうだ? 想像しただけで女の子が良いと思わないか?」
「男の子でも愛嬌を振りまけますよ。それに私はアリスター様に似た子が欲しいです」

 銀髪の男の子。ルビーみたいなキラキラした瞳で駆け寄られたら、絶対に抱きしめて、たくさん甘やかしたくなる。しかしアリスター様は違うようだった。

「そしたらまた作ればいい。俺は一人っ子だったから、子どもには兄弟を作ってやりたいんだ」
「っ! が、頑張ります」
「そこまで気負わなくていい。医者と公爵夫人の言うことを聞いて、安全な場所で安心して望めばいいんだから」
「分かりました」

 兄弟のことや、お義母様のこと。少しでもアリスター様が安心してくれるのなら、私はそれに(なら)いたい。
 子どものためにも、私のためにも。そして、周りのためにも、それが一番だと思うから。