「は?」
アリスター様は今、何と言ったの?
来ないかって、ただ行きます、という話ではないわよね。観光……に行くような場所でもないし。
混乱している私に、アリスター様はトドメとばかりに言い放った。
「要は、ここから出たかったら俺と契約結婚をしろ、と言っているんだ」
「……エヴァレット辺境伯様?」
「何だ」
「確かにこのお話は看守に聞かれるとマズイですね。バードランド皇子もそうですが、エヴァレット辺境伯様の評判もガタ落ちしてしまいます」
回りくどいやり方をされたが、バードランド皇子に売られたと言っても過言ではないことをされたのだ。
これならむしろ、執務室で言ってくれれば良かったのに。
「婚約破棄されて行く手のない私に、新しい結婚相手を探してやった、と」
「待て待て。それは違う。誤解だ」
「同じことです。何が取引ですか。二人して私を陥れて何が楽しいんですか?」
あぁ一層のこと、ここで大泣きしてやりたい。けれど人前で泣くことは恥だと、小さい頃から教えられてきた私にはできないことだった。喚くことも、また然り。
「私が二人に何をしたっていうんですか?」
「……あとで罵倒はいくらでも受けるから、とりあえず俺に説明させてくれ」
「でしたら、手を離してください。逃げませんから。ただ――……」
そんな人に触れられたくはなかった。
「分かった」
アリスター様は私の気持ちを汲んでくれたのか、すぐに承諾してくれた。
その素直な反応に、逆に戸惑ってしまう。先ほどまでをやり取りからは想像できないほど、困った表情をするアリスター様にも。
「確かにメイベル嬢の名と評判を悪くしたのは謝る。が、このままブレイズ公爵家に帰っても困るのは同じだろう」
「うっ」
「だから、とりあえず一次避難先として、俺のところに嫁いでこないか、と言っているんだ。辺境ならば、ブレイズ公爵夫人が毎日のようにやってくることはないし、人の噂も七十五日というだろう。鎮まった頃に首都へ帰ることだって構わない。それと、辺境にその噂が届くまで時間がかかるから、メイベル嬢が好機な目で見られることは、恐らくないだろう。首都から来た、という奇異な目は避けられないが」
しかも、ベルリカーク国唯一の公女だ。辺境の地に嫁げば、否応なしに勘ぐられることだってある。それはアリスター様以外の殿方に嫁いでも同じことだった。
「俺としては、辺境伯夫人としての仕事は最低限してくれさえすれば構わない。それ以外は、好きなだけ朝寝坊をしたければすればいいし、三食昼寝付きだ。メイベル嬢にとって悪くない条件だと思うんだが。あと、本気で俺と結婚しろとは言っていない」
私は改めてアリスター様の言葉を思い出した。
「来ないか?」「契約結婚をしろ」と言っただけで、正式な婚姻を求められていなかった。
「し、しかし、エヴァレット辺境伯様は二十六歳です。跡取りなど、年齢的には……」
「問題ない。なりたい連中は山程いるんだ。その中の誰かがなればいいと思っている」
大事な跡取り問題を、投げやりな口調で言わなくても。
「仮に婚姻中、メイベル嬢に好きな男ができたら、上手く取り図ろう。これはバードランド皇子との約束でもある」
「……それならば、私を娶るメリットは? エヴァレット辺境伯様だけ損をしているように見えます」
私は一度取った距離を、再び縮めた。
「まぁ、なんだ。それは……アレだ。周りが結婚しろと煩いからで……」
確かに二十代後半に差し掛かろうとしていれば、周りも心配になる。何せ、アリスター様に浮いた話が一つもないからだ。
私はお母様ほど潔癖ではないけれど、そこもまた好条件のように思えた。だからなのか、少しだけ欲が出てしまった。
「一層のこと、娶りたいから回りくどいことをした、と言ってもらえた方が嬉しいです」
見た目だってそんなに悪くはない。むしろ良い方だ。偏屈な性格と口調がなければ、結婚相手など引く手数多だろう。
さらに辺境の地は常に財力が圧迫されているため、金遣いが荒い素振りもない。
十八歳の小娘に求婚するのが恥ずかしくて、このようなことをした、という方が納得できる。それこそ、偏屈なアリスター様らしい、というか。
いやいや。それはさすがに自意識過剰だわ。バードランド皇子に婚約破棄されて、私まで頭がおかしくなってしまったのではないかしら。
そんな私の呟きから数分。アリスター様が何も言わないことに気がついた。そっと顔を窺おうと頭を上げると……。
「エヴァレット辺境伯様?」
ほんのりと顔を赤らめたアリスター様と目が合った。
え? もしかして、図星? 当たっていたの?
「エヴァレッ――……」
「アリスターだ。そう呼んでくれれば、真実を話そう」
あくまでも主導権はまだこちらにある、と言いたいらしい。
本当に素直じゃない方。可愛らしいと思えるほどに。
「では、アリスター様。実際のところはどうなんですか?」
それはまた私も同じだった。小娘だと舐められたくない。
「メイベル嬢の想像通りだ」
「答えになっていません!」
「ならば、エヴァレット辺境伯領に来るんだな。そうすれば自ずと分かる」
やはり一筋縄ではいかないようだ。
「ではここから出してください。アリスター様のところに嫁ぎますので」
好条件で且つ、ここまでされたら、拒否なんてできるはずがない。不安があるとすれば、まだ見ぬエヴァレット辺境伯領。
それでもアリスター様がいれば大丈夫な気がした。
アリスター様は今、何と言ったの?
来ないかって、ただ行きます、という話ではないわよね。観光……に行くような場所でもないし。
混乱している私に、アリスター様はトドメとばかりに言い放った。
「要は、ここから出たかったら俺と契約結婚をしろ、と言っているんだ」
「……エヴァレット辺境伯様?」
「何だ」
「確かにこのお話は看守に聞かれるとマズイですね。バードランド皇子もそうですが、エヴァレット辺境伯様の評判もガタ落ちしてしまいます」
回りくどいやり方をされたが、バードランド皇子に売られたと言っても過言ではないことをされたのだ。
これならむしろ、執務室で言ってくれれば良かったのに。
「婚約破棄されて行く手のない私に、新しい結婚相手を探してやった、と」
「待て待て。それは違う。誤解だ」
「同じことです。何が取引ですか。二人して私を陥れて何が楽しいんですか?」
あぁ一層のこと、ここで大泣きしてやりたい。けれど人前で泣くことは恥だと、小さい頃から教えられてきた私にはできないことだった。喚くことも、また然り。
「私が二人に何をしたっていうんですか?」
「……あとで罵倒はいくらでも受けるから、とりあえず俺に説明させてくれ」
「でしたら、手を離してください。逃げませんから。ただ――……」
そんな人に触れられたくはなかった。
「分かった」
アリスター様は私の気持ちを汲んでくれたのか、すぐに承諾してくれた。
その素直な反応に、逆に戸惑ってしまう。先ほどまでをやり取りからは想像できないほど、困った表情をするアリスター様にも。
「確かにメイベル嬢の名と評判を悪くしたのは謝る。が、このままブレイズ公爵家に帰っても困るのは同じだろう」
「うっ」
「だから、とりあえず一次避難先として、俺のところに嫁いでこないか、と言っているんだ。辺境ならば、ブレイズ公爵夫人が毎日のようにやってくることはないし、人の噂も七十五日というだろう。鎮まった頃に首都へ帰ることだって構わない。それと、辺境にその噂が届くまで時間がかかるから、メイベル嬢が好機な目で見られることは、恐らくないだろう。首都から来た、という奇異な目は避けられないが」
しかも、ベルリカーク国唯一の公女だ。辺境の地に嫁げば、否応なしに勘ぐられることだってある。それはアリスター様以外の殿方に嫁いでも同じことだった。
「俺としては、辺境伯夫人としての仕事は最低限してくれさえすれば構わない。それ以外は、好きなだけ朝寝坊をしたければすればいいし、三食昼寝付きだ。メイベル嬢にとって悪くない条件だと思うんだが。あと、本気で俺と結婚しろとは言っていない」
私は改めてアリスター様の言葉を思い出した。
「来ないか?」「契約結婚をしろ」と言っただけで、正式な婚姻を求められていなかった。
「し、しかし、エヴァレット辺境伯様は二十六歳です。跡取りなど、年齢的には……」
「問題ない。なりたい連中は山程いるんだ。その中の誰かがなればいいと思っている」
大事な跡取り問題を、投げやりな口調で言わなくても。
「仮に婚姻中、メイベル嬢に好きな男ができたら、上手く取り図ろう。これはバードランド皇子との約束でもある」
「……それならば、私を娶るメリットは? エヴァレット辺境伯様だけ損をしているように見えます」
私は一度取った距離を、再び縮めた。
「まぁ、なんだ。それは……アレだ。周りが結婚しろと煩いからで……」
確かに二十代後半に差し掛かろうとしていれば、周りも心配になる。何せ、アリスター様に浮いた話が一つもないからだ。
私はお母様ほど潔癖ではないけれど、そこもまた好条件のように思えた。だからなのか、少しだけ欲が出てしまった。
「一層のこと、娶りたいから回りくどいことをした、と言ってもらえた方が嬉しいです」
見た目だってそんなに悪くはない。むしろ良い方だ。偏屈な性格と口調がなければ、結婚相手など引く手数多だろう。
さらに辺境の地は常に財力が圧迫されているため、金遣いが荒い素振りもない。
十八歳の小娘に求婚するのが恥ずかしくて、このようなことをした、という方が納得できる。それこそ、偏屈なアリスター様らしい、というか。
いやいや。それはさすがに自意識過剰だわ。バードランド皇子に婚約破棄されて、私まで頭がおかしくなってしまったのではないかしら。
そんな私の呟きから数分。アリスター様が何も言わないことに気がついた。そっと顔を窺おうと頭を上げると……。
「エヴァレット辺境伯様?」
ほんのりと顔を赤らめたアリスター様と目が合った。
え? もしかして、図星? 当たっていたの?
「エヴァレッ――……」
「アリスターだ。そう呼んでくれれば、真実を話そう」
あくまでも主導権はまだこちらにある、と言いたいらしい。
本当に素直じゃない方。可愛らしいと思えるほどに。
「では、アリスター様。実際のところはどうなんですか?」
それはまた私も同じだった。小娘だと舐められたくない。
「メイベル嬢の想像通りだ」
「答えになっていません!」
「ならば、エヴァレット辺境伯領に来るんだな。そうすれば自ずと分かる」
やはり一筋縄ではいかないようだ。
「ではここから出してください。アリスター様のところに嫁ぎますので」
好条件で且つ、ここまでされたら、拒否なんてできるはずがない。不安があるとすれば、まだ見ぬエヴァレット辺境伯領。
それでもアリスター様がいれば大丈夫な気がした。