「ん~」

 寒い。
 そう感じるからか、ぬくぬくする方へ身を捩る。心地良い暖かさに身を委ね、さらに深い眠りに誘われる。

 ここ最近、慌ただしかったせいか、あまりよく眠れなかった。
 結婚式。急かすお母様の声。シオドーラのこと……。そして、アリスター様のことだ。

 支度が整い、会場が出来上がっていく光景を見ると、いやでも結婚という言葉が現実味を帯びていく。
 アリスター様の妻になる。お母様のような女主人になれるのだろうか。シオドーラみたいに、領地で役に立つ力も持っていない私に、果たして務まるのか。不安が尽きなかった。

 だから、皆に迷惑をかけたくなくて、眠い目を擦りながら頑張って定時に起き続けたのだ。気を張っていたお陰もあり、サミー曰く、寝起きはそれほど悪くなかったらしい。

 このまま寝起きの悪さも直ればいいのにな。そしたら、アリスター様にも迷惑をかけなくて済むから。

 そういえば、アリスター様はどこで寝ているんだろう。契約結婚だからといって、ソファーに寝ているとか? まさかっ!

 起きて確かめないと、と目を開けた瞬間、違和感を覚えた。
 暗いのはまだ夜だから。でも、それは違うような気がする。圧迫感があるのだ。

 私は目の前の『何か』に触れて、押してみる。

「んっ」

 すると、頭上からあり得ない声が聞こえてきた。とても短い声だったけれど、これは間違いなく……。

「アリスター、様?」
「あぁ、起きたのか。メイベル」
「!!」

 えっ! えっ! えっ! 何で!? 何でアリスター様が! しかも、前が、前がはだけているーーー!!

「こ、こ、こ、これ、は……」

 一体、どういう状況なのですか?

「ん? メイベルが寒そうにしていたから、温めていた」

 答えをもらっても、頭が混乱しているのか、状況が読み込めない。

「俺の服を掴んで離さないは、足を絡ませてくるはで大変だったんだぞ」
「っ!」
「だから人肌で温めようとだな」
「ま、待ってください。それじゃ、つまり……」

 思い立った考えに、私は視線を下げる。すると、まず腕周りの白い布に気がついた。そして体を覆っている寝間着にも。
 さらによく見ると、アリスター様もちゃんと服を着ていた。前だけが、はだけているだけで……。

「同意もないのに、襲うわけがないだろう。そんな男に見えていたんだったら、ショックで立ち直れん」
「アリスター様っ! 私はそんなつもりは……」

 なかった、とは言えず、そのままアリスター様の胸元に頭をつける。

「っ! あまり煽らないでくれ」

 アリスター様の苦しげな声に、ハッとなって顔を上げる。

「そんなつもりは……すみません」
「公爵邸で俺が言ったことを覚えているか?」
「えっ?」
「『俺も男だ。こんな時間にそんな格好で来られるのは困る』と言ったことだ」

 そうだ。サミーと一緒に客室へ行って。その時の私は寝間着姿だったんだ。今のほどではないが、アリスター様と近い距離だった。
 けれど、今はあの時ほど、アリスター様を怖いとは思わない。

「危険、だともな」
「……今は、危険だとは感じていません」
「それなら、触れても?」

 思わず体が反応する。抱き締められている状況で、その言葉の真意が分からないほど、私は幼くない。何より今は……初夜なのだ。

「キスしたくて堪らない」

 アリスター様はトドメと言わんばかりに、切なげな声をあげる。胸が締め付けられ、「契約結婚、ですよね」なんて無粋な言葉が脳裏から消え去る。

 頷いた瞬間、私たちの間にあった、契約結婚の文字が跡形もなく消滅した。
 そんな言葉さえ、最初からなかったかのように。まるで言わせない、とでもいうような荒々しいキスに窒息しそうだった。

 私を気遣えられないほどの余裕のなさ。アリスター様の方が、ずっと年上なのに。それがただただ嬉しくて、私はアリスター様に抱きつき、そして身を委ねた。