シュッセル公子とのデートを、カーティス様に見られてから一週間が経った。

「クラリッサ。本当にいいの? デビュタントは、別に今日でなくてもいいのよ」
「何を仰っているんですか。これはお姉様のためでもあるんですよ。あまり長引かせるのは、よくないと思います」

 そうですよね、と首を傾ける姿さえ可愛いクラリッサ。しかし、次の言葉で私の顔は引きつった。

「これは我が家、いいえ。猫たちの問題ですが、グルーバー侯爵様はご存知ないんですから」
「そ、そうね」
「何かあったんですか?」

 クラリッサに隠し事はできない。私は一週間前の出来事を話した。

「まぁ、大丈夫だったんですか?」
「シュッセル公子の方は、ね」

 皆、口を大にして言わないけれど、我が家を見る目は大して変わらない。猫憑きだからという理由で、平気で獣扱いをして下に見る。
 シュッセル公子は、それを隠そうともしない人だっただけ。

「問題はカーティス様かな」

 私に向けられた好意。ピナやクラリッサ。近衛騎士団の団員でもあるジルケでさえも応援してくれたのに、私は無下(むげ)にしてしまった。
 そう、まるで裏切りにも等しい行為だ。

「お付き合いをしていたわけではないけれど、やっぱり罪悪感は(ぬぐ)えなかったわ」

 あの寂しそうな目を思い出すだけで、胸が締め付けられるような気分だった。

 私はあの時、そう仮面舞踏会での馬車の中で、カーティス様の好意を受け入れた。
 茶トラを抱いていたとはいえ、手と額に残る、あの感触。あれから何度も思い出しては、ピナに心配されるほど悶絶(もんぜつ)していたというのに。

「それならば、早く解決させて安心させるべきではありませんか?」
「……もう、私のことなんて忘れていると思うわ」
「ピナは違うと言っていたそうですよ。イダから聞きました」

 クラリッサに憑いているグレー猫のイダは、人懐っこくて親しみやすい。だからなのか、お母様に憑いている、気位の高い黒猫のシーラでさえも、よくじゃれ合っているのを見かけた。
 ピナは言うまでもない。だからなのか、疑問が一つ浮かんだ。

「その根拠は?」
「グルーバー侯爵邸にいる白猫です」
「えっ! もう依頼は完遂しているのよ。連絡役は必要ないのに……」

 カーティス様のことだから、引き留めるような真似はしないだろう。ラリマーと名前は付けていたけれど……。

「自主的に残っているんです。今回の件は、仮面舞踏会が終えてから、間もなかったではありませんか。グルーバー侯爵様の反応を見定めたかったのかもしれませんわ」
「つまり、ピナの命令なのね。自主的ではないでしょう」
「そうとも言いますね」

 舌を出して、クラリッサは悪戯っ子のような表情をした。

「けれどお姉様。その白猫からの話では、お姉様とシュッセル公子の婚約を調べた挙句、お母様のところまで行ったらしいですわ」
「っ!」
「それを話していた時のグルーバー侯爵様は、少しだけ落ち着いた表情をしていた、とイダが教えてくれました」
「……お母様が話した、としか思えないわね」
「はい。ですから大丈夫ですよ、お姉様。今日で終わりにしましょう」

 あぁ。なんて優しい妹なのかしら。大事なデビュタントをぶち壊そうとしている姉に、優しい言葉をかけるなんて。
 私はクラリッサを抱き締めた。

「ありがとう、クラリッサ。貴女が私の妹で良かったわ」
「私もです、お姉様」

 そうして私たちは、舞踏会の会場へと向かった。勿論、シュッセル公子が迎えに来ることなど、微塵にも思っていない。
 その答えは、会場にあるのだから。