学の極端な頑張りはそれからも続いた。掃除用具なども通販で買っているようで、ある時ふと見ると洗面台やら床やらが綺麗になっているのであった。いつの間にやら、床に転がっていた「落書き」の紙たちもなくなっていて、阿久津は少し寂しく思った。

少し心配になり、父親である佐伯社長にチャットで報告したが『学がそんなことを! それは社会復帰も近いかもしれない』と喜ばれるだけであった。

そんな日々がしばらく続いたとある日。

「ただいま帰りましたー」

阿久津が帰宅すると、いつもは電気がついていて、学が何かしらの夕食を並べている大きなダイニングルームが真っ暗だった。

「あれ⁈ 学くん⁈」

どこかに出かけているのか、それとも寝ているだけなのか。普段と様子が違う部屋に阿久津は慌てた。

部屋の電気を手探りで点けると、そこにはソファの上でぐったりしている学の姿が。

「学くん! 大丈夫⁈」

急いで駆け寄ると、学がうっすらと目を開けた。

「ああ、阿久津さん……もうこんな時間か。ごめんなさい。今日、水回りの掃除と食事の準備をしようと思ったんですが、急に体が動かなくなって」
「気にしなくて良いよ! それより、明らかに具合悪そうだよ」
「うう、確かになんだか寒気がします……」

それは熱が出ているんじゃないか? と嫌な予感がして、学の額に手を当てる。明らかに熱い。

「駄目だ学くん。とにかくここじゃなくて、部屋のベッドで寝よう! 私、連れてくから」
「ごめんなさい、今体の力が抜けて歩けな」
「大丈夫。私、抱えてくから」
「いや僕デカいんで無理ですよ」
「多分学くんぐらいならギリいけるよ、多分」
「ええ、それ何を根拠に……?」

そう言って阿久津は頬をパンパンと叩いて気合を入れ、学の片側の肩を支えるように入り込んだ。

「えっ、ちょっと阿久津さん」

阿久津は脚と背中に力を入れ、20センチ以上差がある学の体を持ち上げた。

「えっ、えっ……!」
「ごめん、多分大丈夫だろうけど痛かったら言って」
「痛くはないですけど、阿久津さんは大丈夫なんですか?」
「実は中学生の時に柔道やってて。富山の小さな市でようやく市大会優勝レベルだけど。学くんくらいの体格差の人とも組み手やったりしたから、なんとなくどこに力入れたら持ち上がるかとか分かるんだよね」
「かっ……」
「か?」
「カッコいい……! そうだったんですね」
「え、あ、そりゃどうも……。とりあえず、ゆっくり進むよ」

ダイニングルームから学の部屋までは結構距離がある。学も頑張って動こうとはしているが、やはり阿久津の支えがないと厳しい。

「阿久津さん、ごめんなさい。こんな情けないところを見せて。阿久津さんのお世話になってばかりでは駄目だと思って色々やってみたんですけど、結局迷惑をかけてしまいました」

途中、学は息も絶え絶えになりながら阿久津に謝る。

「そんな。私は何の世話もしていないし、迷惑もかけられてないよ。それどころか、いつも美味しいご飯をありがとうね。もう、無理しなくて良いから。お惣菜買ってきて、2人で食べようよ。毎日料理は疲れるよ?」
「そう……ですかね」

学はだんだん返事が鈍くなり、顔もぼんやりしてきた。相当辛いのだろう。

そうこうしているうちに、学の部屋の前に着いた。