「すまないね。二人には是非とも、また会って話がしたかったものだから」

 レリアの元へ辿り着くと、開口一番、フィルマンが私たちに謝罪した。

『アルメリアに囲まれて』のメインヒーローこと、フィルマン・ヨル・バデュナン王太子。
 私はともかく、まだ養子縁組をしていないエリアスにまで謝罪をするのは、偏にレリアの影響だろうか。

 元々、物腰の柔らかい印象のフィルマンだ。
 次期国王として、分け隔てなく接するように教育されてきたのだろう。それを踏まえていても、素晴らしい対応だった。

「その節はご心配をおかけしまして」

 えっと、こういう場合は申し訳ありませんでしたって言うんだっけ。

「いや、元気そうで何よりだ、カルヴェ伯爵令嬢。あと、今日はそなたたちを、レリアの友人として接したいのでね。あまり畏まらないでもらえるだろうか」

 そう言って、私たちに着席するように促した。

「フィルマン様はここにいる間、王太子としてではなく、一個人として扱ってもらいたいんだそうです。しかし、ほぼ初対面のマリアンヌ嬢たちに対して、それは無理がないですか?」

 そっとレリアはフィルマンをフォローしつつ、(いさ)めることも忘れなかった。

「すまぬ。レリアからずっと話を聞いていたから、どことなく旧知のように感じてしまうんだ」
「お前、どんな話をしたんだよ」

 エリアスが、向かい側に座るレリアに文句を言った。

 確かに。旧知だなんて、余程のことがない限り、抱くとは思えない。提供するほど、ネタなんてあったかな……。

「それは、その、出会いとか馴れ初めとか?」
「えっ!?」

 私は思わず声を上げた。

 な、馴れ初めって。それを聞きたいのはこっちだよ、レリア。

「何でそんな話を王太子殿下に……。もっと他に話題はあるだろう。よく考えて物を言え」
「ごめん。でも、フィルマン様も身近に感じる話っていうと、貴族の話だから自然と、ね?」

 首を傾げて可愛らしく言うレリアを、面と向かって叱りたいのは分かる。でもここにはフィルマンがいる。
 王太子の前で、怒鳴ることは勿論、婚約者を叱るなど、(もっ)ての(ほか)だ。

 私はそっとエリアスの腕に触れて、首を振った。すると、テーブルに肘を付き、エリアスは項垂(うなだ)れるように溜め息を吐いた。

「だったら、俺たちにも聞かせてもらえないか」
「え? な、何を?」

 狼狽(うろた)えるレリアを他所に、私はさすがエリアスだと思った。
 これに乗らない手はない!

「それはいい案だわ。是非、聞かせてもらえないかしら、レリア嬢」
「わ、私たちの馴れ初めについて、ですか?」
「それ以外、何があるんだ」
「えぇぇぇぇ。あんまりいい話じゃないんだよ。折角のマリアンヌ嬢とのお茶会を、そんな話題で台無しにしたくない」

 やっぱり、フィルマンの元婚約者からいじめを受けていたのだろうか。
 だとすると、無理に聞くわけにはいかない。もし逆の立場だったら、話せたかどうか怪しいもの。

「私たちだって、いい話ではなかったと思うけど」
「そ、そんなことはないだろう」
「あるわ。誘……じゃなくて、事件が起きたでしょう」

 そんなショックを受けたような顔をしないで、エリアス。

「ふむ。では、二手に分かれるのはどうだろうか。ここにはレリアとカルヴェ伯爵令嬢が残り。私と彼はそうだな……向こうの方へ移動しようか。そこで私が彼に馴れ初めなどを話せば、カルヴェ伯爵令嬢の耳にも入る。問題ないと思うんだが、いかがかな?」

 こちらはこちらで、さすがは攻略対象者、じゃなくて次期国王。
 レリアの心に寄り添い、()つ私たちへの気遣いも忘れない。

「本当は嫌ですけど、勝手に話してしまった私がいけないので。……マリアンヌ嬢、これで許していただけますか?」
「一つだけ条件があるわ。馴れ初めについては聞かないけど、それ以外の質問はしてもいいこと。けれど、答えの有無については、レリア嬢に任せるわ。言い辛いことまで聞くつもりはないから」
「ありがとうございます、マリアンヌ嬢」

 私の両手を掴み、潤んだ瞳で感謝するレリア。その姿に思わず、体が後ろに傾くのを、必死に堪えた。
 何せ、下心があったから、お礼を言われると困ってしまうのだ。

 レリアがヒロイン()に代わって、王子ルートを進めたのかどうかを確かめられる。その名目を手に入れられたのだから。

「あっちは話がついたようだが、君はどうかな」
「俺に断る理由はありません」
「なら、良かった。では、レリア。我々は向こうへ行っているから、何かあったら呼んでもらえるかい」
「はい」

 元気よく答える姿に満足したのか、フィルマンは立ち上がり、レリアの額にキスをした。すると、隣から椅子を引く音が聞こえた。

 反射的に視線が隣に向く。勿論、エリアスと目が合った。

 ま、まさか……。いやいや。でも……。
 うん。その光景に内心、キャーとなったのは認める。認めるけど、求めてない。求めていないからね!! 期待だってしてないよ!!

 でも、エリアスの熱い視線と顔が近づいて来る。

 1,エリアスの体を押す
 2,受け入れる
 3,いやいや、押すに決まっているじゃない!!

 何、この選択肢! 勝手に出てきた! しかも、三択にする意味が分からない。出す必要があるの? そもそも、こんなことをしている場合じゃないのに~~~!!

 けれどエリアスの顔は、視界の横へと消える。

「こっちは王太子から情報を引き出すから、マリアンヌも忘れるな」
「えっ! あっ、うん。大丈夫」

 耳元で(ささや)かれ、少しだけ恥ずかしくなった。
 エリアスはただ、確認しただけなのに……。私ったら勝手に!

「……マリアンヌの『大丈夫』は信用できないからな。念のため」

 そう言うとエリアスは、少しだけ離れた顔を、もう一度寄せて、私の頬にキスをした。

「こ……な……と……なっ!」

 こんなところで何を! と言ったつもりが、上手く声に出せなかった。

「そんな寂しそうな顔をされたら、応えるべきだろう」
「し、していないし。で、殿下をお待たせするのは悪いわ」

 私は立ち上がって、エリアスの背中を押した。