お茶会当日。
 私は鏡の前に立っていた。そこに映っているのは、普段、着慣れているワンピースじゃない。
 簡素なドレスを身に(まと)った、私の姿だった。

 お茶会といえども、侯爵家に行くのだから、と作ってもらった水色のドレス。舞踏会に行くわけじゃないから、装飾は少なめに。

 でも、上品さは失わないようにと、ハイネックの上に、白いレースが付いたアイボリーのケープを肩にかけて、胸元で止める。
 さらに首元には、ダークブルーの宝石が付いた大きめのブローチを。

 色合いから、紫色の宝石にしようかとも思ったんだけど、王太子がいた場合を考えてやめた。
 紫は王太子の瞳の色だから。下手に刺激させるわけにはいかないのだ。

 エリアスを? それとも王太子?
 両方だ。レリアに誤解されるのも困ってしまうからだ。

 鏡の前で、体を左右に振って確認する。その動きに合わせて、頭の両脇に付けられた、ドレスと同じ布の水色のリボンが、ひらひらと揺れた。

「どうかな」
「とても綺麗です、お嬢様」

 ニナの表情から、達成感のようなものが出ていた。この支度を、ほぼ一人でやってくれたのだから、お疲れ様と言いたい。
 でも、言うと怒られてしまうので、心の中で労った。

 部屋を出ると、普段は護衛のテス卿がいる場所にエリアスが立っていた。

「お待たせ」
「っ!……お茶会でこれなのに、婚約式とか大丈夫なのかな、俺」
「エリアス?」

 何かぶつぶつ言っているように聞こえるけど、口元を手で隠しているから、うまく聞き取れなかった。

「あっ、いや、何でもない。凄く綺麗で驚いたんだ。似合っているよ」
「ありがとう。エリアスも格好いいわよ」

 今日はエリアスも、レリアの客として招待されている。だから、普段は黒の背広しか着ていないエリアスも、別の色の服を着用していた。

 青いシャツにアイボリーのネクタイ。さらにネイビーの上着をと、実は私のドレスと色を合わせているのだ。

 青はレリアの色だから、始めは渋られたけど。私と合わせると言ったら、簡単に了承してくれた。

 別に誤解しないのに。でも合わせたかったのは、私の独占欲の証かも。

 髪型もいつもと違うから、差し出された腕に、胸が跳ねた。それも手ではなく腕だからだろうか。私はぎこちない動きでエリアスの腕に触れた。
 途端、エリアスの体が少しだけビクッと反応したような気がした。

「ふふふっ」

 腕を差し出したのは、エリアスなのに。

 緊張しているのが、私だけじゃないことに安堵したからだろう。私はエリアスから抗議の眼差しを受けても、笑うのをやめなかった。


 ***


「お待ちしていました、マリアンヌ嬢」

 バルニエ侯爵家に着くと、ピンク色のドレスを纏ったレリアが出迎えくれた。

 ドレスと同じピンク色の花飾りの髪止め。胸元の大きな黄色いリボンが愛らしいドレス。それを見て私は、エリアスが言った通りだと思った。

『アルメリアに囲まれて』に出てくるマリアンヌの衣装は、レリアが着ているような、リボンやフリルが付いたドレスが多い。

 これは王子……フィルマンの好みなのかな。

 ドレスの着用は王子と侯爵ルートが主だから、考えられるのはそれしかない。ということは、エリアスも?

 屋敷の中を案内されながら、チラッと横にいるエリアスを覗き見た。

「私も可愛いドレスの方が良かったのかな」
「ん? あぁ、レリアのことか」

 前方を歩くレリアに視線を向けて、エリアスは溜め息を吐いた。

「アレは、少しでも可愛く見せようとしているだけだから、マリアンヌが真似をすることはない」
「えっと、そう言う意味じゃなくて」
「全く、察しているようで察していないのね、エリアスは。マリアンヌ嬢はあんたの好みを聞いているのよ」
「レ、レリア嬢!」

 私はレリアに駆け寄った。確かにそういうニュアンスを含めて言ったけど、改めて言葉に出されると恥ずかしかった。

「好きな人の好みに合わせたい気持ちは分かりますから」
「えっと、それじゃ、レリア嬢のドレスも?」
「はい。フィルマン様の好みなんです。私も可愛いものは好きなので、遠慮なく着させてもらっているんですけどね」

 やっぱり。じゃ、エリアスの好みもそうなのかな?

 そんな私の胸の内を知ってか、レリアがそっと囁いた。

「多分、今のエリアスに、好みを聞いても分からないと思います。私がそうだったので。だから、色々な種類のドレスを着て、確認してはどうでしょう。面白いと思いますよ」
「ふふふっ、レリア嬢ったら。でもそうね。殿方(とのがた)(うと)いって聞くし」

 逆にエリアスが、女性のファッションに聡かったら、それはそれで嫌だ。色々と疑ってしまう。

「フィルマン様はすでに、目が肥えていましたから、それに合わせる方が、私にとって都合が良かったんです。エリアスの場合はむしろ、マリアンヌ嬢の好みを押し付けても、いいのではありませんか?」
「そ、それはちょっと……」
「レリア」

 私が困った顔をしていたからだろうか。静かに見守ってくれていたエリアスが、後ろからレリアを制した。
 確かに助けがほしいとは言ったけど。

「エリアス。これはレリア嬢が悪いんじゃないの。ただ――……」

 エリアスの好みが知りたかっただけなの!

「ただ?」
「うっ、その先は聞かないでっ……」

 か細い声で答えながら、真っ赤になった顔を両手で隠した。すると、覗かれているような気配に、私はさらに体を背ける。

「もう。女の子同士の秘密の会話に割り込むんじゃないわよ」

 そんな私を(なだ)めるように、レリアは頭を優しく撫でてくれた。多分、エリアスから私を守ってくれているのだろう。

 でも、教えてあげられないの。ごめんね、エリアス。