私は恐る恐る目を開けた。

 ここはどこだろう。

 そうだ。エリアスに話す前に、まずは場所を確認しないと。あと、どのくらい寝ていたのか、知る必要がある。

 ハイルレラ修道院に到着したのは、昼食の後だった。そこから計算すると、夕方か夜だと思うんだけど。

 私の視界には、窓が一つも見当たらない。

 まぁ、修道院と謳っているのだから、救護室に窓がないのも、おかしくはない。と思う、多分……。

 とりあえず、起き上がってニナを呼んでもらおう。状況を確認するのは、あとからでもいいのだから。

 そう思って腕を引こうとした瞬間、右腕だけが動かなかった。
 厳密には、引けなかったのだ。何かに掴まれて。

「っ! エリアス?」

 左腕の力だけで起き上がると、驚いた表情のエリアスと目が合った。
 途端、私の体は再び仰向けになった。いや、されたのだ。エリアスに押されて。

「医者を呼んでくる」
「え?」
「それまで、大人しくしていてくれ」
「ま、待って! 私、どこも悪くないの。だから行かないで、エリアス!」

 私の必死な声に、エリアスは足を止めた。
 けれどそれに安堵している場合じゃない。いつ気が変わって、部屋の外へ行くか分からないのだから。

 私は掛け布団を捲り、急いで起き上がる。すると、こちらへ駆け寄ってくるエリアスの姿が目に入った。

 マズい! また横にされる!

 そう思った瞬間、私は両手を伸ばした。エリアスの腕を掴み、先手を打つ。こうすれば、布団の中に戻されないと思ったからだ。

「お願い、エリアス。話が、どうしても聞いてもらいたい話があるの」

 自然と手に力が入る。すると、エリアスは私の横に腰かけた。

「分かった。でもその前に、抱き締めていいか」
「え?」

 どうしたの? 何で確認を求めるの? と思った途端、エリアスが優しく微笑み、私の手にそっと触れた。

「あっ、ごめんなさい」

 私の手が邪魔だったから、わざわざ聞いたのね。なら、そう言ってくれればいいのに。

 エリアスは待っていたとばかりに、私の体を包み込んだ。さっき布団に押し込んだ時とは違って、まるで壊れ物を扱うような手つきで。

「いいんだ。それよりも、本当にどこも悪くないのか。顔色はもう良さそうだけど……」
「大丈夫。その、あの時は、頭の中がごちゃごちゃして。一杯一杯になっちゃったの」

 それでキャパオーバーで倒れた。情報量と、感情の波の大きさに、耐えきれなくて。

「……話っていうのは、そのことでいいんだな」
「うん」

 まだちゃんと整理していないから、上手く説明できる自信はないけど。それでも、エリアスに聞いてほしかった。

「だがその前に、俺の話を聞いてくれるか?」

 体を離して、真剣な眼差しで言うエリアス。その有無を言わせない表情に、私は頷くしかなかった。

「食事をとってほしい」
「食事?」

 予想外の言葉に、私は思わず反芻(はんすう)してしまった。


 ***


 エリアスの話によると、私は丸一日、寝ていたらしい。
 だから、先に食事をすることを求められたのだ。どこも悪くないのなら、尚更のこと。

 私は不思議と空腹ではなかった。けれどそんな状態で話を聞くことはできない、とエリアスに押し切られてしまったのだ。

「お嬢様。体調がたとえ良くても、今日はここでゆっくり過ごしてください」

 食べ終えた食器を片付けながら、ニナはすかさず私に釘を刺した。
 さっき、テーブルで食事をしたいと言ったからだろう。ニナもエリアスと同じで、私をこの部屋から、いやベッドから出したくないらしい。

 病人じゃないのに。

 礼拝堂で倒れたことが、余程ショックを受けたようだった。食事をしている間、私はその後の状況をニナから聞いた。自分たちが、どれほど心配をしたのかも含めて。

 その話によると、ここは、元々宿泊予定だったホテルの一室だと言う。
 目を覚ました当初は気がつかなかったが、修道院とは思えないほどのベッドの大きさ。四人掛けのダイニングテーブル。さらにソファまである。

 それだけで、並の部屋ではないことくらい、理解できた。さらに何とこの部屋、バルコニーが付いているVIPルームらしい。

 窓が一つもない、と思えたのは、ただ単に、ベッドの中にいたせいで見えなかった。けれど起き上がった今なら分かる。
 外の景色が一望できるくらい、大きな窓が存在していた。

 考えてみたら、私、領主の娘なんだよね。ずっと首都にいたから、その感覚を忘れていたけど。

 だからハイルレラ修道院で、休むことはできなかったらしい。万が一、私に何かあった場合、責任を取らされるのが院長だからだ。

 というのは、建前で。本当は、私が目を覚ました時に、王太子とバルニエ侯爵令嬢がいない方がいいという、エリアスの気遣いだった。

 まぁ、私が倒れたのは、王太子が登場した後だったから、エリアスがそう勘ぐるのも無理はない。むしろ、当たっていたから、その配慮は嬉しかった。

 今はまだ、二人に会いたくない。気持ちの整理もできていない状況で、新たな情報が加わったら、また倒れそうだから。

「分かったわ。その代わり、エリアスを呼んできてもらえる?」
「……まだお休みになられていた方がよろしいかと」
「ありがとう。でも、病人じゃないから大丈夫」

 少しだけ体を動かして、健康をアピールして見せた。すると、さっきまで不安そうにしていたニナの顔が、何故か複雑な表情へと変わった。

「それが余計、心配なんです」
「どうして?」

 ん? と首を傾けても、答えは返ってこなかった。