「アレ、あのままにしておくつもり?」

 オレリアの指摘に、私は咄嗟に返事ができなかった。
 その理由は簡単。オレリアの視線の先にいるのが、エリアスだと分かっていたからだ。

 オレリアと合流した私たちは、礼拝堂に行く理由を失ったため、ハイルレラ修道院の中庭に来ていた。

 礼拝堂は祈りを捧げる神聖な場所。
 カフェでお喋りをするような感覚で、使用してはいけない。図書館と同じで、他の方の迷惑になってしまうからだ。
 とはいえ、院長室、またはオレリアの私室にお邪魔するわけにもいかなかった。
 そこで提案されたのが、普段シスターたちの井戸端会議所になっている、中庭だった。

 うん。場所に問題はなかった。あったのは、その道中。中庭に着く前に、質問をしてしまったのだ。

 沈黙に耐えきれなくて、という理由もあるけど、元々私は、オレリアと仲良くなりたかった。ヒロインと悪役令嬢の関係ではなく、ただの従姉妹として。
 二年前のオレリアは、悪役令嬢そのものだったから、私の願いは叶わなかった。

 しかし、今は違う。ユーグの手紙でもそうだが、さっきのやり取りを聞いて確信した。今のオレリアからは敵意を感じない。仲良くなれそうな気がしたのだ。

 その証拠に、私がこんな質問をしても、嫌な顔一つせずに答えてくれた。

「ここでの生活って大変?」

 正直、こんな質問をして怒られないか悩んだ。でも他に、何て声をかけたらいいのか分からなくて、出た言葉だった。
 多分、二年前のオレリアだったら、皮肉が返って来たことだろう。

「そうね。最初の頃は慣れなかったから、大変だったわよ。身の回りのことは、全部一人でやるわけだし。それ以外にも、持ち回りで色々なことをやらされたわ」
「だ、大丈夫だったの?」

 転生前の世界で当たり前のようにやっていた私ならともかく、貴族令嬢として生まれたオレリアでは勝手が違う。
 それも、修道院に来た当初のオレリアなら、尚更だろう。

「ここの人たちって、基本的に優しいのよ。私が貴族令嬢でも、偏見なんて持たずに助けてくれるし。それだけでも、ここに来て良かったって思っているわ。あの頃は、誰も私に手を差し伸べる人間なんていないって思い込んでいたから、余計にね」
「ごめんなさい」
「何で謝るのよ。あんたが言ったんでしょう。利用すればいいって。だからお父様から、いや違うわね。あの家から離れるために、私は伯父様を利用したに過ぎないんだから」

 私はその言葉に感激して、オレリアの腕に抱き着いた。
 だって、私の言葉がオレリアの心に響いていたんだもの。

 でも、それが良くなかったらしい。エリアスが不満を(あら)わにしたのだ。

「そうだ。マリアンヌが謝る必要はないだろう。自業自得なんだからな」
「エリアス! そんな言い方をしなくてもいいでしょう!」
「大丈夫よ。本当のことなんだから」
「でも……」

 オレリアがそう言っても、私が嫌だった。もうあの頃のオレリアじゃないのに、それを責めるエリアス。どちらの姿も見たくなかった。

 どうしたらいいんだろう。私はオレリアと仲良くしたいし、エリアスも二年前のことを、いつまでも引き()っていてほしくない。

 こうなったら、久しぶりに選択肢に頼ろう。

 1,仲を取り持つ
 2,二人を引き離す
 3,傍観する

 多分、本物のマリアンヌだったら、一番を選ぶんだろうな。でも、私はそこまで心が広くない。
 いくらオレリアが、エリアスをもう好きじゃなくなったとしても……。

 だからといって、三番を選んで良いことはあるかな? 悪化しそうだし、飛び火がくるかもしれない。

 なら、二番? 引き離すってどこまで?
 会話できない距離がいいのか、視界に入らない距離なのか。

 う~ん。もう一度、選択肢!

 1,ニナの後ろにいてもらう
 2,いっその事、礼拝堂で待つように言う
 3,それなら、馬車で待機!

 一番は、どのみち会話が聞こえるから、割って入られる可能性がある。なら、二か三しかないよね。
 これは、エリアスに聞いてみた方がいいかも。

「エリアス。私がオレリアと中庭にいる間、礼拝堂か馬車で待っていてもらってもいい?」

 すると、今度は露骨に嫌な顔をされた。

「だ、大丈夫だよ。オレリアは私に危害を加えないって言っていたし、ニナもいるんだから」
「そうね。エリアスがいない方が、話し易いと思うわ」
「……だったら、テス卿を呼んで――……」
「その場合、誰が呼びに行くんですか? 勿論、エリアスですよね、お嬢様」

 最後、ニナのトドメの一言に、エリアスは黙った。
 それもそうだ。この場合、馬車で待機している、テス卿を呼びに行くのはニナの仕事になってしまう。

「……邪魔はしない」
「すでに二回したのよ。覚えている? 三回目だってあると思うの」

 転生前の世界にだってあることわざだ。二度あることは三度ある。信用できなかった。

「せめて見える範囲にいさせてくれ」

 ということで現在、エリアスは中庭にいた。宣言通り、私とオレリアが座るベンチが見える木の下で。

 オレリアが指摘するのも無理はなかった。これでは気が散って話し辛いのだ。

「ちょっと行ってくるね」
「えぇ。その方がいいわ。ちゃんとビシッて言うのよ」

 まさか、オレリアからアドバイスをもらえる日が来るなんてね。

「うん。頑張ってくる」

 気合を入れて、エリアスの元へ向かった。