「分かった。分かったから、顔をあげてくれないか」

 私は顔を横に振った。すると、肩に手を掛けられる。

 ダメダメ。今顔が赤いから、やめて。

 そんな私の声にならない声を聞いたのか、突然周囲が騒がしくなった。

「どうしたの?」

 子供の声が聞こえた。けれど、私に尋ねた感じではない。返事をする前に別の声がしたからだ。

「まさか、またお嬢さんを泣かせたの!?」
「違う! これは泣いているんじゃなくて、俺がマリアンヌに――……」

 な、な、何を言おうとしているのー!

 私は慌てて立ち上がり、エリアスの口を手で(ふさ)いだ。すると、近くにいた子供が私の顔を覗き込んできた。ビックリして、エリアスの背中へすかさず逃げた。

「本当に泣いてなかったんだね」
「だから、そう言っただろう」

 エリアスが腕を広げて、集まってくる子供たちから庇ってくれる。それでも、別の子が私の後ろに回り込み、またしても顔を覗かれた。

「でも、顔が赤いよ」
「それは、エリアスが変なことを言うから」

 初対面の子だったが、咄嗟に言い返しまった。が、気に止める様子はない。その子はすぐにエリアスに顔を向けて言い放ったからだ。

「やっぱりエリアスが悪いんじゃん」
「そんなんでやっていけるの? もうお嬢さんに迷惑をかけちゃってさぁ」

 すると、その子に同調したのか、やってくる子たちは、次々にエリアスを野次(やじ)り始める。そこで私はようやく、この子たちが孤児院の子供たちなのだと理解した。

 パニックになっていたからといって、なんですぐに気がつかなかったんだろう。普通に考えれば分かることなのに。

 すでにエリアスと言い合いになっていて、お礼を言える状況ではなかった。

「あぁー、うるせー!」

 突然エリアスが大きい声を上げた。思わず、彼の背中に置いていた手を、自分の方へ引き寄せた。

「全く、大きな声を出さないで。お嬢さんがビックリしているじゃない」

 すると、エリアスが振り返り、私の胸の前にある手に視線を止めた。その拍子に、私と変わらない年頃の子が目に入る。
 まっすぐと延びた青い髪が印象的な、綺麗な女の子。茶色い瞳が、興味津々にこちらを見詰めていた。

「驚かせてごめん。でも、あいつらが――……」
「お嬢さん、こんな奴を傍に置いても大丈夫? いくら伯爵様が決めたことでも、本当は嫌なんじゃない?」

 エリアスの言葉を(さえぎ)ったばかりか、体も押し退けて彼女は私に近づいた。

 そっか。そうだよね、と私は納得した。孤児院の子供たちが、どうしてエリアスを野次るのか、その理由が分かった。

 すでに別れの挨拶を済ませているのに、なぜそんなことをするのか疑問だった。けれど、彼女たちは心配なのだ。おそらくエリアスから私への気持ちを聞いているのだろう。

 その、好きとかそういうんじゃなくて。私の護衛になるとか、そんな意気込みみたいなものを。

 それがエリアスの一方的な感情で、私が全く相手にしていないと思って心配しているのだ。最悪、はた迷惑に感じている、と思われていてもおかしくはない。

 彼女は心配そうな顔で私を見ていたが、目は挑戦的だった。

 もしかして、エリアスのことが好きなのかな。いつから孤児院にいたのか分からないけど、そういうことはあるよね。かっこいいもの、エリアスは。

 その当人は、処刑を待つ罪人の表情で、私の返事を待っていた。私は安心させるように微笑んで見せる。

「どうして? 本当に嫌なら、自ら迎えに来ると思う? それに」

 エリアスを見据(みす)えて言う。

「助けてくれた人を嫌いになんてなれる?」
「そうね。嫌いになれないわ。逆に好きになると思う。違う?」
「え?」
「だから、お嬢さんが迎えに来たんでしょう」
「そ、それは……」

 そういう意味じゃないんだけど、と言える雰囲気ではなかった。本当ならこの流れで、皆にお礼を言おうとしたのに。それがダメになってしまい、どうしていいのか分からなくなってしまった。

「マリアンヌを困らせるな」
「いいじゃない。エリアスだって気になるでしょう」
「……まぁ、そうだな」

 どうしよう。三角関係によくある状況になっちゃった。こういう時、何が正解なんだっけ?

 うう。ゲームだと選択肢が出てくれるんだけどな。出でよ、選択肢!

 1.好きになったと言う。
 2.強がって、違うと言う。
 3.逃げる。

 実際は出ていない選択肢を思い浮かべた。うん、逃げよう。そう思った矢先、エリアスに腕を掴まれる。

「だけどそれは、ここで聞くつもりはない」

 エリアスは捨て台詞を吐くようにして言うと、歩き出した。

 選択肢、出ていないよね、と私はありもしないシステムウインドウを思わず探した。