「マリアンヌは下がっていなさい」

 目の前で叫ぶオレリアの姿を見て、お父様は私に声をかけた。横に立つエリアスが私の腕を引く。

 侯爵(エリアス)従兄弟(ユーグ)・商人のルートで見る、オレリアの叫び声。エリアスルートでは確か、最後だった気がする。
 そう、今みたいに捕らえられた時に叫ぶのだ。

 連行されるオレリアの後ろをついて行く私たち。少しでもオレリアから離したいのか、真後ろを歩くお父様との距離も遠い。

「くそっ! 生きていやがったのか!」

 エントランスに着くと、すでに叔父様の姿があった。オレリアとは違い、縄で縛られていて、顔もアザだらけだった。
 思わず口に手を当てて、エリアスの腕を掴む。

「見たくないなら、俺の後ろに隠れていていいよ」
「ううん。大丈夫」

 身内のことなんだから、しっかりと見届けないと。

 心配そうな顔をされたが、首を横に振って前を見据えた。

「やはりあの刺客はお前が雇ったんだな、アドリアン」
「今更、言い訳はしねぇよ」
「マリアンヌにまで刺客を送るとはな。二年前の誘拐も、お前が主導したことなんだろう」
「はっ! 二年前だぁ? そんなもの、覚えているわけねぇだろう。あぁ、でも突然領主館にやって来て、なんか騒いでいたっけなぁ。あれが二年前だったか? 確かあん時は証拠がなくて、おめおめと帰っていったよな。負け犬みたいによぉ」

 ゲラゲラと笑う叔父様。お父様の顔は見えなかったが、これは相当怒っていそう。

 それにしても、どうしてポールの名前を出さないのかしら。ゴロツキと叔父様の間にはポールがいたはず。

「んで、今回は確かな証拠があるから、治安隊まで呼んだってわけか。随分と大袈裟だなぁ。高々これくらいのことでよ」
「別にお前を捕まえに来たのは、刺客の件じゃない。マリアンヌに毒を飲ませた件だ。オレリアの監督不行き届きで連行する。一先ず、詰所(つめしょ)でたっぷりしごかれるんだな」
「は? 刺客の件じゃないなら、俺は関係ないだろう。毒なんて知るかよ! なんでこいつのせいで俺が捕まるんだ! ふざけんなよ!」

 隣にいるオレリアに向かって、父親とは思えない発言をする叔父様。本当にお父様と血が繋がっているのかと疑ってしまうほどだ。

「ふざけているのはお前だ、アドリアン。相変わらず真面目に働きもせず、伯爵家の財産ばかり狙いおって」
「はっ、兄さんに言われたくないね。あの女のために俺ばかりか、親父たちまで追い出した癖に」

 “あの女”って誰のこと?

 私の方を見ながら言う、叔父様。身に覚えがないから、私に似ているっていうお母様のことかな? 追い出したってどういうこと?

「そもそも兄さんが狙われるのは自業自得なんだよ。俺がやらなかったら、親父たちがやっていたかもしれないぜ」

 そういえば私、お祖父様やお祖母様に会ったことがない。まぁ、叔父様に会ったのもこないだが初めてだったけど。
 転生してから二年間、いるのに会わないのはおかしいわ。でも、これって……。

「お父様……」
「エリアス」
「はい」

 お父様に近づこうとしたら、エリアスに腕を掴まれ、さらに遠ざけられた。
 明らかに、私に聞かせたくない話題なのだろう。ポールと同じで『アルメリアに囲まれて』には出てこない設定なのかもしれない。

 今後のことを考えれば、傍観して情報を得る必要があったんだろうけど、自然と体が動いた。エリアスの腕を振り払ってお父様の元へ行く。
 多分、頭に血が上っていたんだと思う。冷静に考えれば、口を挟む件じゃなかったからだ。

「話をすり替えないで。お父様に恨みがあるのは分かるけど、結局は自分のことを棚に上げているだけじゃない」
「なんだと! 何も知らない奴が口を出すんじゃねぇ!」
「何も知らなくても、お父様がお祖父様たちを追い出したわけじゃないことくらい、分かるわよ! 爵位を(ゆず)った後は、他に住まいを設けて隠居したりするものでしょう。首都にある伯爵邸にいないのは当たり前じゃない」

 ちょうど一昨日、お父様とそんな話をしたばかりだった。

「……親父たちはそうだが、俺は違う」
「そうだな。カジノで惨敗(ざんぱい)した挙げ句、首都にいられなくなって領地に行ったんだ」

 うわぁ、マジで……。

「そう仕向けたのは兄さんだろう!」
「手っ取り早く金を得たいと言うから教えただけだ」

 確信犯じゃないですか、お父様! そりゃ、恨まれますよ。

「はぁぁぁ。何てくだらない。さっさと連れて行ってよ、こんな男」

 エントランスに連れて来られてから、私以上にこの場を静観していたオレリアが、突然大きなため息を吐いた。

「こんな男だと。仮にも父親に向かって」
「さっさとしてちょうだい! 聞くに耐えないわ。それに伯父様は私に用があるのでしょう。だからマリアンヌと治安隊を連れてきたのではなくて?」

 さっきまで暴れていた人物とは思えない、オレリアの姿。けれど、冷静とは言い難い態度で、私と治安隊を見据えた後、お父様に言い放った。

「マリアンヌは連れて来ざるを得なかっただけだ。毒を飲ませた相手に、わざわざ会わせたいと思うか?」
「どうでしょう。伯父様とて、お父様と血が繋がった兄弟ですから。それくらいおかしくはないと思ったので」

 そう、まるで乙女ゲームの悪役令嬢のような振る舞いだった。まぁ、立ち位置はそうだから、様になっているのは当たり前なんだけど。

 物凄い既視感。多分、エリアスルートでオレリアを断罪するイベントに近いからかな。お父様とエリアスの立ち位置が違うってだけで。

「それに、私が毒を飲ませたというのは、語弊があります。伯爵邸でマリアンヌに会ったのは、たったの二回だけ。そうでしょう?」
「えぇ。伯爵邸に来たばかりの時、お父様の執務室で。それから、贈り物を渡そうと思って、オレリアの部屋に行った時の二回」

 私自身、なるべく接点を持たないようにしていたし、エリアスとユーグの助言もあったから、尚更だった。

「執務室では何もありませんでしたよね。その時の証人は、伯父様自身だということをお忘れなく」
「おい、俺を忘れているぞ」
「……(うるさ)いので、先に処理してもらえますか?」

 本当だ。まだいたんだ。ちょっと静かだったから、いないのかと思った。

 お父様はオレリアの指示と言うのが不服そうだったが、叔父様の背後にいる隊員に、連れて行くよう顎で指示した。

「はぁ。残る私の部屋での出来事は、そこにいるエリアスが証人です。何もなかったでしょう」
「確かに毒は飲ませるようなことはありませんでしたが、お嬢様に危害を加えていました」
「そうね。でも、それが何なの? あの程度、子供のじゃれ合いの範疇(はんちゅう)でしょう?」

 言い方はともかく、蹴った程度では罪にならない。むしろなったら、大変だ。

「その後、俺に提案してきましたよね。お嬢様に媚薬を飲ませる様な、そんな提案を」
「えぇ。でも、エリアスは断ったわ」
「当り前です。そんなもの、俺に必要はありませんから。でも、同じようなことを、他の人物にも言ったと聞きました」

 エリアスが私を隠すように、前に出る。

「……リュカに言ったわ。ちゃんと媚薬も渡して。でも、使うかどうかはリュカが決めることで、私はやれと命じていないし、脅してもいないわ。それが罪になるんですか?」
「軽犯罪にはなる。王宮でやれば、重罪に変わるがな」
「……でも、それくらいでこのような扱いを受けるのは、いささか大袈裟ではありませんか? お父様と同じことを言うのは不服ですが」

 オレリアはそう言うと、両腕を掴んでいる治安隊を睨んだ。

「忘れたのか、私は毒を飲ませた件だと言ったはずだが」
「私が渡したのは毒ではありません!」
「では、なぜマリアンヌが毒を飲んだ日に領地に帰った?」
「それは……」
「真っ先に疑われると分かっていたからだろう」

 図星だったのか、オレリアは歯を食いしばった。

「リュ、リュカが。そう、リュカに嵌められたんです! 私がマリアンヌに危害を加えたから、だからその腹いせで。そうに違いありませんわ!」
「オレリアが渡した媚薬を、毒にすり替えたとでも言いたいのか」
「その通りです。伯爵邸ではお父様も疎まれていましたから。私はそれに巻き込まれただけです」

 先ほどの態度とはうって変わって、まるで悲劇のヒロインのようにオレリアは振る舞っていた。
 お父様に対しても目を潤ませて、被害者アピールまでしている始末。

「全く救いようがないな」
「同感です。念のため、連れてきて良かったと思いませんか?」

 お父様の呟きに誰かが答えた。少年の声だがエリアスじゃない。
 どこだろうと、きょろきょろ顔を動かしていると、その人物は叔父様が連れて行かれた先、つまり玄関扉の前に立っていた。
 カルヴェ伯爵家特有の黒髪と紫色の瞳をした、お父様によく似た人物が。

「遅いから心配したぞ、ユーグ」
「すみません。何分、父様と顔を合わせたくなかったので」

 確かに、オレリアでさえあんな扱いを受けるのだから、ユーグがこんな登場をしてきたら、何を言うか分からない。
 お父様に恨みがあった叔父様のことだ。似ているユーグに対しても、あまりいい感情を抱いていなかった可能性がある。

「でも、ちょうどいいタイミングだったみたいですね。この者の発言を許可してもらえませんか?」

 ん? ユーグの他に誰かいるの?

 ちょうどエリアスの背中で、私は満足にユーグの姿が見えていなかった。
 少しだけ頭を傾けて、ユーグの声がする方へ視線を向ける。エリアスが私を見たような気がしたが、ユーグの傍にいる人物を見た瞬間、気にとめる余裕を失った。

「リュカ?」

 灰色の髪の少年が立っていたからだ。