「お父様は領地に向かわれたの? それとも叔父様とオレリアを呼び出しているの?」
「そんなに気になるのか?」
「当たり前――……んっ!」

 じゃない、と最後まで言わせてはもらえなかった。顎を掴まれ、強引に口を塞がれたのだ。

 予想していなかったわけじゃない。ゲームでマリアンヌがエリアスを問い詰めるシーンがこうだったからだ。

 会話の内容は甘々ではなかったけれど、イチャイチャシーンとしてはキャーとも言えるイベントだったから、よく覚えている。

 けど、そんな大胆なことを十七歳のエリアスがするなんて、思ってもいなかったから……。ん? 十七歳? し、思春期真っ只中じゃない。ま、待って! これはちょっとマズい。

 私は唇が離れた瞬間を狙って、手を伸ばした。エリアスの口を目掛けて。

「お、お父様は本当に執務室にいるの? さっきの質問に答えて」

 エリアスは目を閉じて答えない。まるで口が塞がっているから答えられないとばかりに。

 手を離しても、大丈夫かな……。

 そうっと手を離すと近づいてくるエリアスの顔。すかさず間に手を入れたが、エリアスに掴まれてしまった。

「んんっ!」

 い、意地でも答えないつもり!?

 まるでそうだとばかりに、荒々しいキスを受けた。それでも満足できないのか、今度は頬や額に何度もキスをしてくる。

「や、やめて!」

 本当なら嬉しい行為なのに、今は全然嬉しくなかった。

 多分、ゲーム時のマリアンヌもこうだったのかな。『アルメリアに囲まれて』の場面が再現されてしまうと、より不安になった。

 早まったストーリー展開。私がエリアスを表舞台に早くあげてしまったから?

 そしたら、お父様が叔父様に会いに行くのは危険でしかない。止めないと!

 加えて気がかりなことが別にあった。

「お父様のことがダメならリュカは? どうなったの?」

 しかし、この質問は逆効果だった。

「痛っ!」

 甘噛みなんて可愛いものじゃない。思いっきり耳を噛まれたのだ。

 涙目でエリアスを見た瞬間、リュカの名前を出したのは間違えだったことに気づかされた。

「旦那様を心配するのは分かる。けど、俺には何も言わないで、何であいつの心配をするんだ。マリアンヌはあいつに毒を飲まされたんだぞ!」
「ご、ごめんなさい」
「俺、言ったよな、あいつに気をつけろ、って」

 き、聞いてないよー! そんなこと! 一言も!

 耳を(さす)りながら、心の中で反論した。本当は言いたかったけれど、火に油を注ぎたくはなかったのだ。まだじんじんしている。

「マリアンヌにとって俺は何? 護衛? 従者? それともまだ孤児のまま?」
「違うわ! エリアスはその、私の……こ、恋、人、だよ」
「うん。あとは?」
「え? あ、あと? えっと、す、好きな、人。……ひゃっ!」

 よくできましたとばかりに、エリアスは私を抱き締め、あろうことか噛んだ耳を舐めた。

「その俺が来るのを、どうして待てなかった?」
「お、お父様がいいって言ったから」
「俺はマリアンヌと片時だって離れたくないのに、旦那様に言われたからって、一人でホイホイと。しかも、他の男に会いに行くのは酷いんじゃないか?」

 お願いだから、耳元で言わないで! 時々、息がかかって耐えられないっ!

「ひ、一人で来てほしいって、手紙に書いてあったの!」
「手紙? どういうこと? 最近、受け取っていないだろう」

 そう言いながら、エリアスはようやく体を離してくれた。けれど安堵した心境とは裏腹に、空気は一気に冷たくなった。少しだけ甘くなった空気は、一体何処へやら。

「そ、それは……こないだリュカに、一回だけエリアスを通さずに渡したいって言われて。それで……」

 何だろう。本当に浮気したみたいな、この心境。エリアスの視線が、とても痛いんですけど。

「受け取ったんだ。あいつの手から」
「うん」
「あいつに会ったことも、手紙を受け取ったことも、俺に黙ったまま」
「ごめんなさい」

 段々、頭が下がっていく。

「恋人としては、ただの嫉妬になるけど。護衛としての立場から言わせてもらうと、そういうことは教えてもらわないと困る」
「はい。すみません」

 ちょっとだけ、職権乱用なのでは? と思ったけど、これも口には出さなかった。

「こないだオレリアにやられて、今度こそはって思ったのに。マリアンヌがそんなんじゃ、守れるものも守れない」
「気をつけます」

 もうオレリアに対して、様付けもしないんだね。

「それで何処にあるんだ? あいつからの手紙」
「え? 一番上の引き出しの中に……ちょっと待って、エリアス!」

 私が答えている間に、エリアスが立ち上がった。それも、机の方へ向かって歩き出した。

 もしかして、無断で開ける気? いくらエリアスでも、それはちょっと……と思っていたら、横道に()れて、ソファの前にあるテーブルに手を伸ばした。

 エリアスの体で、何をしているのかが見えない。戻って来た時には、手に何かを持っていた。ただそれしか認識できなかった。

「ひゃっ!」

 それを持ったエリアスの手が、私の耳を触った。厳密に言うと、耳を拭かれたのだ。

「ごめん、()みる?」
「ううん。冷たかったから驚いただけ。何をしたの?」
「消毒。跡が残っているから、テープを貼らないと」

 跡? も、もしかして、エリアスの、歯形? 嘘!

 私が赤面している間も、エリアスは勝手に治療していく。

「ど、どうしよう。誰かに聞かれたら……」
「大丈夫。治るまで、また部屋から出なければいいんだから」
「えっ! そんな訳にはいかないわ」

 まさか、それも込みで、噛んだの?

 酷い。私はお父様のところに行きたいのに。行ってどうなるかも分からないけど、安否だけは確かめないと。

 まだ屋敷にいるのなら、執務室に。もう領地に向かってしまったのなら、馬車を用意してもらう必要がある。後者だった場合、もの凄いロスになってしまうのだ。

 もうこうなったら、強行突破させてもらうんだから! エリアスが手段を選ばないなら、私だって!

 エリアスが耳の治療を終えて立ち上がり、再びソファへと向かった瞬間を狙って、私はベッドから出た。

 行先はクローゼット。さすがにネグリジェの姿で、部屋の外に出るわけにはいかない。

「マリアンヌ! まだ安静にしていないと!」
「私の心配よりも、自分の心配をした方がいいわよ。私は気にしないで、勝手に着替えるから」

 そう言って、ネグリジェのボタンを外し始めた。

「ちょ、待て! 分かった。分かったよ。俺が悪かったから、ニナさんを呼んでくるまでは待ってくれ!」

 思春期と言っても、まだそこら辺の免疫はなかったようだ。顔を赤くしたまま、エリアスは部屋の外へ駆けて行った。

「良かった。一か八かだったけど、成功して」

 襲われずに済んだことに、私は安堵した。多分、ゲーム時の、二十一歳のエリアスだったら通用しなかったかも。