エリアスの要求に私は本気で戸惑った。

 今まで言わなかったツケがここに!? それとも、嫌がらせ!?

 いやいや、告白した直後に嫌がらせはないでしょう。ということは、どう見てもこれは自業自得。

 あぁぁぁ。本当は言うつもりはなかったのよ。エリアスを侯爵にするまでは、絶対に。

 だけど、エリアスが限界だと言うように、私ももうダメだった。

 オレリアと並んだ姿を見送るしかなかった、私。
 ユーグからエリアスの愚痴を聞いて。さらに結婚の話まで持ち出されてしまったら、意識しない方がおかしい。
 さらに護衛だからという理由に腹が立った。そんなところへトドメとばかりに、告白されたら……!

 もう押し止めておけなかった。言いたかった。エリアスと……恋人同士になりたかったから。

「マリアンヌ」

 早く、とでも言いたげにエリアスが私の名前を呼ぶ。キスか告白か。どっちかを選んで、と。

 私はそっとエリアスの両頬に手を伸ばす。

 どれが正解? 選択肢はすでにエリアスが掲示してくれている。だから、私が出す必要はない。

 両頬に触れると、エリアスが目を閉じて、気持ち良さそうに擦り寄せてくる。開ける気配のない目。

 こ、これは! もう一択じゃない!

 私は勇気を振り絞って、顔を近づけた。目を閉じて、唇にそっと触れる。

 それは一瞬だったのかもしれない。けど私、頑張った! 頑張ったよね! と思っていたのは、どうやら私だけのようだった。

 なぜなら唇を離した瞬間、エリアスの腕が背中と頭に回されたのだ。

「あっ」

 驚いて、僅かに口が開く。その瞬間をエリアスは見逃さなかった。すかさず私の口を塞ぐ。

 深い口づけに、いく(あて)がなく彷徨(さまよ)っていた両手が、エリアスの首に巻かれる。すると、角度を変えられ、再び深く長く口づけされてしまう。

「んっ……はぁはぁはぁ……」

 唇が離れた時にはもう、息を整えるので精一杯だった。それなのに、エリアスの顔はまだ足りないとでも言っているように見える。

「ま、待って」

 頬を撫でられて、再びキスされそうだと思い、エリアスの胸を押す。

「大丈夫。これ以上はしないから」
「本当?」
「うん。その代わりにお願いがあるんだ」

 お願いって? でも、しないって言っていたし。

「な、何?」
「そんなに警戒しなくてもいいだろう。もう何もしないって言ったんだから」
「だって、下ろしてくれないんだもの。信用できないわ」

 エリアスの胸を軽く叩き、抗議を示す。

「マリアンヌはそんなに俺と離れたい?」
「そ、そんなことを言ってないでしょう」
「なら、このままでいいじゃないか。そんなことより明日の朝、旦那様に言ってほしいんだ」

 そんなこと! この体勢がそんなことなの!? 私は恥ずかしくてしかたがないのに!

「言うって、何を?」
「……旦那様に、俺のことが好きだって……言ってきてほしい」
「あっ!」

 すっかり忘れていた。

『好きな相手ができたら言いなさい。どんな相手でも、後押ししてあげるから』

 お父様にそう言われていたことを。でも、早くない? さっき告白したばかりなんだよ。

「別に明日じゃなくてもいいんじゃない。オレリアだけじゃなくて、ユーグも帰った後。その方が、落ち着いて話せると思うの」
「それじゃ、遅いんだ。明日じゃないと」

 叔父様が私とユーグを婚約させようとしているから?

 私はいまいち納得できずにいると、ふとユーグの言葉を思い出した。

『エリアスの言うことを聞くことかな』

 状況を把握できていない私とエリアスでは、持っている情報も違う。ここは大人しく従うべきかな。

「……エリアスがそう言うなら、明日お父様に言うわ」
「できれば朝がいい」
「え? 朝ってオレリアが帰るから、バタバタしているのよ。そんな時間をわざわざ選ぶのは、あまり良くないと思うんだけど」

 下手したらお父様を捕まえることができない。夕食の席で、頼んでみる? ううん。オレリアもいる場で、そんなことを言えないわ。

「大丈夫。旦那様には俺から時間を取ってもらうように都合をつけるから」
「ということは、エリアスも同席してくれるのね」
「いや、俺は用事があるから……」
「なっ!」

 わ、私だけ恥ずかしいのを我慢しに行くの!

「酷い! 薄情者(はくじょうもの)! ここは一緒にいてくれるものでしょう!」
「マ、マリアンヌ!?」

 驚くエリアスを余所に、私は(せき)を切ったように叫んだ。思いが通じたからか、我慢ができなかった。

 なぜなら、明日の朝に用事とは、オレリアを見送ることしかないからだ。

「傍にいてほしい時にいてくれないと意味がないの。もう躊躇(ためら)わずにオレリアのところに行くのは止めて。今日だって、何で行っちゃうのよ」
「あれはそうしないと、マリアンヌが危険だと思ったんだ。刺激するより、機嫌を取る方が――……」
「分かっているけど、私の機嫌は?」

 エリアスの胸に顔を埋めて、服を握り締める。すると、優しく髪を撫でられた。

「勿論取るよ。何がいい? 厨房に行って、マリアンヌが好きなフルーツケーキを持って来ようか? それともこっそり外に出てみる?」

 意外な提案に、私はエリアスの顔を真っ正面に見据える。

「え? 外に出られるの?」
「うん、と言いたいところだけど、夕食まで時間がないから、今度。どうかな?」
「行きたい! 連れてって」

 思わず前のめりになると、エリアスは私の頬に触れて、軽くキスをした。

「いいよ。これで機嫌を直してくれた?」
「~~~っ!」

 もうしないって言ったのは嘘だったの!

 私はエリアスに抱きついて、赤くなった顔を隠した。