オレリアとユーグがやってきてから、五日後。

 押し花の栞が、満足な出来に仕上がったため、私は二人をお茶会に招待した。屋敷の中ではなく、庭園にある東屋に。

 出来上がった栞は始め、個別に渡そうと考えていた。
 なぜかというと、オレリアに渡したところで受け取ってもらえないか、その場で栞を捨てられるか、地面に叩きつけられるか。そのどれかだと思ったからだ。

 最悪、破られる可能性だってある。だったら、オレリアの機嫌がいい時を見計らって渡した方が、良いと思うんだよね。

 だけど、やめた方がいいと、エリアスとニナに反対された。オレリアではなく、ユーグに対して。

 密かにプレゼントを渡したり、密会を疑われたりすることは危険だと指摘されたのだ。一緒に渡せるように、オレリアも誘ってお茶会をする、という代替案で手を打った。

「だけど、オレリアは来ないと思うよ?」

 嫌いな相手と、わざわざ同席したいとは考えられない。我が儘なオレリアなら、尚更。

「何を言っているんだ。それが狙いなんだから、そうしてもらわないと困るだろう、マリアンヌが」
「私が? それに狙いって?」
「オレリア様が断れば、必然的にユーグ様と二人になる。勿論、俺もニナさんも同席しているから、二人っきりっていうわけじゃない」
「その状況を作らないために、お茶会をするんでしょう」

 こないだからそのことで、私はエリアスとユーグに怒られていたんじゃない。なのに、どうして?

「マリアンヌとユーグ様が、故意に作ったわけじゃないからいいんだ。今回はオレリア様の行動で、その状況が生み出されたってことになる。これは、マリアンヌがユーグ様を案内した時と同じだと、無理やりこじつけられるだろう?」
「……そうね。かなり、強引だけど」

 通用するの? しないから気をつけろ、って言っていなかった? 結構、無理があると思うけど。

「旦那様が上手くやってくれるさ」

 つまり、エリアスが言いたいのは、お父様も了承済みだということだ。

 いざとなったら、丸投げしても良いよってことかな。それとも投げ槍?

 私が首を捻っていると、オレリア付きのメイドがやってきて、欠席の旨を伝えてきた。招待状を出して、まだ一時間も経っていない。残念だけど、即決だったんだね。

「それでも、オレリアに栞を渡した方がいいの?」
「それでも、だ」

 不満を押し殺しながら、私は三時間後にオレリアの部屋を訪問することを、メイドに言って下がらせた。お茶会が開かれる少し前に、寄って渡そうと思ったのだ。


 ***


 そうして三時間後、私はオレリアの部屋の前に来ていた。隣にはエリアスがいる。本当はニナについてきてほしかったんだけど、相手がオレリアだからか、エリアスは引いてくれなかった。

 オレリアはエリアスのことが好きなのに、私と一緒にいたら、余計受け取ってくれないだろう。下手したら、栞で顔を叩かれるかもしれない。

 それ以外にも、付いて来てほしくない理由があった。けど、さすがに言葉にできなかった。

 好きだって言えないくせに、オレリアと顔を合わせてほしくない。なんて、そんな都合の良いことを言える立場じゃないから。

 扉をノックすると、メイドが顔を見せて、私たちを中に入れてくれた。事前に連絡したからか、追い出されることはなかった。が、思いがけない人物がオレリアの傍にいた。

「リュカ?」

 随分会っていなかったが、平凡な顔立ちをした灰色の髪の少年は、間違いなくリュカだった。
 青い瞳が私を捉えると、少しだけ表情を崩す。けれど、隣にいるエリアスに気づいたのか、真顔に戻ってしまった。

「あら、私よりもこの者に用があったのかしら」

 部屋の主であるオレリアではなく、使用人のリュカに話しかけたからか、嫌味が飛んできた。

「ごめんなさい。そういうつもりはなかったの」
「じゃ、どういうつもりで? お茶会には行かないって聞かなかったの? それとも、わざわざ理由を聞きに? まぁ、さすがは伯爵令嬢様。思い通りにならないからって、私を叱りに来たのかしら」

 オレリアの口上(こうじょう)に、思わずおぉと感心してしまった。

『アルメリアに囲まれて』に出てくる五人の攻略対象者の内、四人のルートでオレリアは、悪役令嬢として出てくる。
 残りの一人、王子ルートでは彼の婚約者の腰巾着として出てくるから、違うけど。立ち位置としては、ほぼ一緒。

 だから、まさに悪役令嬢らしい台詞に、感動してしまったのだ。リュカといいユーグといい、キャラが違って戸惑ったけど。オレリアはむしろ、変わっていなかったから。

 それにしても、オレリアの中の私って、我が儘娘だったんだ。凄い、私がオレリアを叱りつけるだなんて。想像できない。

「オレリア様、お嬢様はそのようなことをする方ではありません」
「あら、貴方は今、私の従者でしょう。口答えしないで!」

 え? ちょっと!

 リュカが私を庇うようなことを言っただけなのに、手を上げちゃうの!?

 私はオレリアに駆け寄り、振り上げられた右手を掴んだ。すると、足を蹴られ、驚いている隙に手を払われてしまう。貴族令嬢とは思えない動きに翻弄されて、意図も簡単に倒れそうになった。

 エリアスが助けてくれなければ、手が床に付いていただろう。『アルメリアに囲まれて』では、その格好になったマリアンヌを、オレリアは容赦なく蹴り飛ばすのだ。

 なんて、足癖の悪い令嬢。本当に貴族令嬢なの? 格闘技を会得しているとか。密かに特訓しているとか。そんな裏設定を疑ってしまう。

「危ないわね。急に飛び出してくるから、そうなるのよ」
「……そうね。気をつけるわ」

 オレリアの性格は『アルメリアに囲まれて』で知っていたし、ユーグからも聞いているから、驚かないけど……。リアルで味わうのは、ちょっとキツい。

 突然、髪を掴まれたりしないよね……。でもまぁ、リュカが殴られなかっただけでも良かった。