「そんなので治まるとは思えないけど、そういう意味があるのなら反対はしない。ただ……」
「分かっているわ。注意をすればいいのよね。大丈夫。忘れないようにするから」
「そうじゃなくて、俺も……いや、俺にはないの?」
「押し花の栞?」

 もう新しい物に変える時期になったのかな。

 二年前、エリアスにマリーゴールドの栞を渡してから、度々要求されていた。

 まぁ、最初にあげたのが失敗作だったから、ちょうど良かったんだよね。あんな物をいつまでも持っているのは良くないもの。エリアスにとっても。

 私はあれから、色々な花を使って押し花を作った。勿論、マリーゴールドも。その中で一番上手くいった物をエリアスにあげていた。

 マリーゴールドの花言葉は良くない意味だけど、エリアスはそれ以外受け取ってくれないから。まぁ、私たちにとって特別な花だから良いんだけど。恥ずかしいというか、嬉しいというか。

「それもだけど、他にも」
「他? あっ、そうだよね。いつまでも同じ花、というのもさすがに飽き――……」
「違う!」

 突然肩を掴まれて、私は戸惑った。

 何で? さすがにずっと、マリーゴールドじゃ飽きるでしょう。少しだけ寂しいけど、何が違うの?

「他って言ったのは、栞のことじゃなくて」
「あっ、ごめんなさい。早とちりしてしまって。他に欲しい物って何? 私が用意できる物なら何でも言って」
「相変わらず学習しないんだな」
「え?」

 エリアスの呟く声が聞こえたと思ったら、腕を引っ張られて椅子から引き離された。気がつくと、私の体はエリアスに抱き締められていた。

「ユーグ様と直接話してどうだった? 旦那様に似ているから、やっぱり――……」
「そうよ! 何でそれを先に言ってくれなかったの!」

 エリアスに会ったら言おうと思っていたことを思い出し、体を押した。が、ビクともしない。

 十四歳の私と十七歳のエリアスとでは、男女以前に力の差があった。エリアスにその意思がなければ、この体勢は変わらない。

 それでも私は、腕を引っ張ったり、背中を叩いたりして抵抗したが、反応は見事になかった。

 だから仕方がなく、エリアスの背中を撫でた。本当は頭にしたかったんだけど、私の頭一つ分、高くなってしまったから。

「いくらお父様に似ているからといって、好きになると思う? 私ってそんな尻軽女に見える?」
「尻軽って、どこでそんな言葉を覚えたんだ」
「え? あぁ、本で読んだのよ」

 ヤバい。(なぐさ)めようとしたら、前世の私が出てきてしまった。何せ転生前は二十代だったから、お姉さんらしさを出そうとすると出てきてしまうのかもしれない。気をつけないと。

「まぁ、ともかく簡単に好きになったりしないから、ちゃんと教えてくれないと困るわ。さっき応接室で焦ったんだから」
「そうなんだ。一目惚れしたのかと思った」
「あれを見て、どうしてそう思えるの?」

 驚いて固まっていたでしょう。いや、違うか。お父様に裏切られて固まったんだった。

「でも、旦那様に言ってくれなかったじゃないか」
「え? 何のこと?」
「舟の上で、俺のこと」
「あっ、あれは!」

 待って待って! そもそもエリアスにはまだ、好きだって言っていないでしょう!

「言ってくれれば旦那様が、ユーグ様との婚約話を完全に拒否してくれるのに」
「だからあのタイミングで、お父様が私に聞いてきたのね」

 でもだからと言って、エリアスの名前をあげるわけにはいかない。私にはエリアスを侯爵にするっていう使命が……!

「それもあるけど、マリアンヌは俺のこと……好きだろう」
「っ!」

 胸が跳ねた。(うるさ)いくらいドキドキしている。どうしよう。絶対に聞こえている。それだけで、もう答えているようなものじゃない。

 さらにエリアスは答えを求めるように、顔を()り寄せてくる。髪を通して感じる感触に、私は我慢できずに目をギュッと(つむ)った。

「マリアンヌ」

 するとエリアスは、じれたのか、体を少しだけ離すと、私の前髪に触れて掻き分けた。

 なんだろう、とは思ったけど、目を開ける余裕はなかった。けれど次の瞬間、額に何かが触れた。

「っ!」

 目を閉じた私にも分かるように、わざと音を鳴らして、額にキスをする。
 それに驚いている暇はなかった。エリアスは間を置かずに、瞼に唇を当て、鼻、頬へと徐々に私の唇へと近づいてくる。

 けれどすぐには降りてこなかった。親指で唇を撫でるだけ。まるで、私の許可を求めているかのように。

 そっと目を開けると、勿論、エリアスと目が合った。その目がいい? と聞いているように見えた。

 ど、どうしよう。

 顔を下げたくても、顎を掴まれているため、それも叶わない。

「!!」

 その時だった。お約束の如く、突然扉がノックされたのだ。

「は、はい」
「お嬢様。夕食の準備が出来たので、そろそろお越しください。皆様お待ちしています」

 ニナの声に、エリアスが手を離してくれた。

「すぐ行くわ」
「かしこまりました」

 私の部屋にエリアスがいることを、ニナは知っているのだろう。そう言うと、扉から離れていく足音が聞こえた。

「エリアス。行かないと」

 未だ、体を離してくれないエリアスに、私は呼びかける。

 さすがにさっきの続きはしないわよね……。

「エリアス」

 もう一度呼ぶと、いきなり強く抱き締められた。驚いている間に、今度は体を強い勢いで引き離される。

「行こう、マリアンヌ」

 意識が追いつけなかったらしく、私は驚いた顔のまま、立ち尽くした。すると、エリアスが耳元でとんでもないことを囁いてきた。

「開けっ放しにしていると、その口を閉じさせたくなるから、やめてくれる?」

 思わず手で口を塞いだ。な、なんてことを言うの! それこそどこで覚えたのよ、そんな言葉!

 エリアスは私の反応など気にせずに、逆の手を取って歩き出した。

 本日三度目のことである。誰かに手を引かれたのは。