「二人とも、私が知らない間に仲良くなったみたいで、良かったわ」

 エリアスとリュカを前に立たせて、私は椅子に座りながら、皮肉を言った。本当かどうかなんて、二人の様子を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だったからだ。

「こいつと仲が良かったことなんて、一度もありません!」
「僕だってそうです」

 本当は、こんなお説教スタイルで叱りたくはない。乙女ゲームのヒロインらしく、優しく(さと)してあげたいところ、なん・だ・け・ど。

 反省の色すら見せない攻略対象者には、これで十分!

 私は怒りを(あら)わにして、言い放った。

「それで? どっちが企んだの?」
「ぼ、僕はこいつに()められたんです! お嬢様の部屋に来いって言われて」
「違うだろう! マリアンヌが好きなのは自分だって、お前が先に言ったんじゃないか」

 つまり口論の末、私の口からどっちが好きなのか、聞き出そうということになったのね。二人を追求しなくても、安易に想像ができた。

 エリアスが十五歳。リュカは十三歳。これくらいの年頃はまだ、はた迷惑な遊びをする。それを忘れていた私も悪いが、やっぱり放置してはいけなかったのだと、改めて実感した。

 二人は攻略対象者なのだから、しっかりお(きゅう)を据えないとね。とばっちりを受けるのは、ヒロインである私なのだから。

「いい加減にして! 貴方たちのお遊びに、私を巻き込まないで!」

 二人の関係に本気で悩んでいただけに、真相が分かっても、なかなか怒りは収まらなかった。

「すみません。ですが、これは遊びではなく――……」
「グルになって私を嵌めようとしたのに、遊びじゃないって言うの?」
「嵌めるなんて、そんなつもりは……」

 なかった、とでも言いたげな顔をして、エリアスは言葉を詰まらせる。

「そうです。僕はお嬢様の気持ちが知りたくてただ――……」
「何をしても構わないの?」
「違います。でも、僕の気持ちを知っているのに、どうしてこんな仕打ちをするんですか?」

 えっと、エリアスを連れてきたってことかな。

 リュカと話す機会があまりなかったせいか、ここぞとばかりに話を持ち出してきたようだ。私も乗りかかった船だと思い、答えることにした。静かに、気持ちを整理しながら。

「……仕打ち。確かにそうだよね。そう思うのも、無理もないわ。こないだも酷いことを言って、ごめんなさい。すぐに謝りに行きたかったんだけど……」

 私は言葉を(にご)しながら、視線をエリアスに向けた。案の定、目が合った途端、()らされた。

「分かっていますよ。こいつが邪魔したんですよね」

 リュカが嬉しそうに言う。無邪気な笑顔を向けられて、私は内心戸惑った。

 このままリュカの気持ちに答えたら、エリアスへの嫌がらせは止まるだろう。そしてリュカ自身も『アルメリアに囲まれて』の攻略対象者らしく、優しい人間に戻れると思う。

 けれど、それはできなかった。今の私は、誰よりもお父様が大事だったからだ。

 乙女ゲームの世界で、何をするのが正解なのかも分からない状況の中、私を庇護(ひご)してくれる存在。無償(むしょう)の愛情で包み込んでくれる存在。絶対に害さない存在。

 今のところそれに該当するのは、攻略対象者ではなく、お父様だった。

 だから、リュカを選ぶことはできない。

「リュカ、私は今、一人で貴方に会いに行くことができないの」
「知っています。だから、お嬢様が僕を呼んでくれるだけでいいんです。それさえも、こいつに邪魔されていたんですか?」
「違うわ」
「マリアンヌは俺に遠慮して、お前を呼ばなかっただけだ」

 勘違いしてんじゃねぇよ、とエリアスの視線がリュカに言っていた。

「それも違うわ、エリアス。貴方がいると、今みたいに割り込んで、ちゃんと話ができないと思って呼び出せなかったの」
「ほら、やっぱりこいつのせいだったんですね」

 リュカの肩を持てばエリアスが茶々を入れて、逆にエリアスの肩を持つと、リュカが同じことをする。

 いい加減にして。私はなかなか話が進まないことにキレた。

「もう、論点を()き違えないで! 私が言いたいのは、この状況を把握してほしいってことよ!」
「状況、ですか?」

 すると、リュカだけでなく、エリアスまでもがキョトンとなった。

「そう、お父様の娘である私が自由に歩き回れない。その状況を、貴方たちは不思議に思わないの?」
「お嬢様。僕はただ、以前のように接していただきたいだけなんです」
「え?」

 無理よ、リュカ。私は貴方の知っているマリアンヌじゃないの。同じようにはできない。

「ダメですか?」
「ダメと言うか……」

 話、聞いてた? 無理な状況だって分からないの?

 この世界で初めて会った時と同じだった。一方的に話して、こっちの話を聞こうとしない。甘えと押し付けを履き違えている。

 私は困ってしまい、自然とエリアスに顔を向けた。

「だから、僕にはくれなかったんですか?」
「な、何を?」
「栞ですよ。旦那様は仕方がないにしても、こいつにあげて、どうして僕にはないんですか?」

 それはリュカが屋敷にいると思わなかったから、とは言えなかった。

「身分差はあっても、お嬢様とは……少なくとも友達だと思っていました。例え違っていたとしても、僕にないのはおかしいですよ。こいつより近い関係なのに」

 そうよね、幼なじみにあげないのはおかしい……。けど、どことなく、今のリュカは……怖い。

「お陰で僕は、こいつにひけらかされて」
「え!?」

 アレをリュカに見せたの? いや、その前にあの時、エリアスは『俺と旦那様以外にもいるの?』って聞いた。もしかして、リュカにあげると思って言ったってこと?

 途端に、恥ずかしさと嬉しい気持ちが同時に(あふ)れた。たとえ、リュカへの嫉妬で見せびらかしたとしても、陰で自慢してくれていたなんて。

「キャッ!」

 気がついた時には、もう遅かった。すでにエリアスに嫉妬しているリュカの前で、そんな反応を見せれば、どうなるか分からないはずはなかったのに。それでも、私の顔は正直だった。

「なんで僕じゃないんですか!」

 リュカは私の肩を掴み、強く握った。あまりにも勢いがあり、椅子ごと後ろに倒れそうになる。

「痛っ!」「リュカ!」

 背中にまで痛みを感じたのと、エリアスの声が聞こえたのは、同時だった。

 薄っすら目を開けると、エリアスがリュカを捕まえて、私から引き離してくれていた。

「はぁはぁ」

 怖い。痛い。怖い。痛い。

 自然と体が震えた。息も荒くなる。止めようと両手で肩を抱いても、治まる気配はしなかった。

 エリアスとリュカが何か言っている。それさえも聞きたくなくて、耳に手を当てた。すると、涙が溢れて(こぼ)れた。

 もう嫌。誰か、助けて!

「マリアンヌ!」

 その声に私は顔を上げた。

「お父様……」

 念のためにと、ニナにお願いして呼んできてもらっていたのだ。自然と椅子から立ち上がり、私は駆け出した。エリアスの横を通り過ぎ、両手を広げているお父様の胸に飛び込む。

「お父様!」

 大きな腕に包まれて、ようやく体の震えが止まった。