レリアの姿に私は内心、ホッとした。思った以上に酷い有り様ではなかったからだ。
 アプリコット色のドレスの裾は汚れていたけれど、遠くから見る限り、破れているようには見えない。

 それをフィルマンも感じたようだった。レリアが傍に寄った途端、安堵の笑みを浮かべたのだ。

「良かった。報告で大丈夫だと聞いていたが、姿を見るまでは安心できなかった」
「申し訳ありません。私が油断したばかりに」
「いや。その謝罪はドゥルマ伯爵に言ってくれ。大事(おおごと)にしてしまったからな」
「はい」

 まるでゲームの一場面を見ているかのような光景に、私は図らずも感動してしまった。自分が犯人に仕立て上げられそうになったのにも関わらず。
 いや、未だに疑惑をかけられたままなんだけど。

「心配をかけたのだから、ここにいる皆の前で、何があったのか正直に言ってほしい」
「分かりました。ですがその前に、確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「あぁ、構わないよ」

 フィルマンに一礼をすると、ルーセル侯爵令嬢のいる方に体を向けた。
 凛と見据えるレリア。その姿は、すでに王太子妃の貫禄が見て取れた。

「私を休憩室に閉じ込めている間に、根の葉もないことを言っていた、と聞きましたが、本当ですか? ルーセル嬢」
「ご無事で何よりです。私たちはただ、バルニエ嬢の行方を聞かれたので、正直に話したまでのこと。そうよね、ミリアン嬢」
「は、はい。……その通りです」
「そうでしたか。フィルマン様とのダンスの後、貴女方とお会いしましたが、それについても話されたんですよね、勿論」

 遠回しに、閉じ込められたのはフィルマンとのダンスの後だと述べた。が、微動だにしないルーセル嬢。慣れた調子で言い返した。

「あら、そうでしたか。私たちはバルニエ嬢があちらにいるカルヴェ嬢と一緒にいるのを見かけただけですが」
「おかしいですね。私は今日、どうしてもマリアンヌ嬢と二人で話がしたかったんですが、婚約者であるエリアス……殿がずっと傍にいてできなかったというのに。そのような時間があったとは、思いもよりませんでしたわ」

 あぁ、そうか。馬車の中で、傍を離れるなって言ったのは、これを見通していたのね。

「けれど、私たちは見ました!」
「殿下、マリアンヌがその場にいなかったことを、証明してもよろしいですか」
「婚約者の貴方では証人にならなくてよ!」
「ルーセル嬢。礼儀を欠く行為は慎みたまえ」

 爵位はエリアスよりも、向こうの方が高い。しかし、ここはフィルマンが答える場面だ。それを遮ってしまったのだから、弁解の余地はないだろう。

 それよりも、ルーセル嬢の言う通り、エリアスでは証人として認められない。
 どうやって証明するというの?

「エリアス」
「大丈夫」

 優しく肩を撫でてくれたが、不安は拭えなかった。

「確認したいのですが、レリア嬢とマリアンヌが共にいたのは、殿下とのダンスの後、でよろしいですか」
「えぇ。その通りよ」
「でしたら、ここにいる皆様が証人です。私とマリアンヌはここでダンスをしていたのですから、レリア嬢と会うことはできません」
「それは詭弁(きべん)よ! ダンスをしていたのは、何も貴方たちだけではないのだから、証人にはなり得ない」

 確かにルーセル嬢の言うことも一理ある。しかし……。

「私がエリアスとダンスを終えた時、拍手を浴びました。ですから、少なからず見ていた方がいらっしゃるはずです」

 私の発言に「えぇ。拍手しましたわ」「素敵なフィニッシュでしたからね」「綺麗に決まると、思わず拍手を送ってしまいますのよ、(わたくし)」と次々に声が上がる。

「マリアンヌ嬢を見たという証人が、こんなにもいますけれど、まだ仰いますの? 私とマリアンヌ嬢が共にいたと」

 ルーセル嬢は悔しげに辺りを見渡している。どうやら次の標的を探しているようだった。

「レリア嬢。疑われた身なので、確認したいのですが、どなたに閉じ込められたのか、覚えていらっしゃいますか? 思い出したくない出来事だと思いますが」
「いいえ。そんなことはありません。私を閉じ込めたのは、そこにいるルーセル嬢とアダン嬢です」
「確かなのだな」
「はい。私がフィルマン様と別れた後、マリアンヌ嬢と話したくて、空いている休憩室を探していました。すると、あの二人に両脇を掴まれて、休憩室の中に放り投げられたんです。扉はすぐに閉められ、開けようとしたらもうダメでした」

 レリアは悲しげに首を横に振った。

「私たちが発見した時、ドアノブにはこのような木の板が差し込まれて、開けられないようになっていました」

 ケヴィンはそう言って、長い木の板をフィルマンに見せる。

「レリアが私の婚約者だということを知っているのにも関わらず、何故そのようなことをしたのだ」
「……ロ、ロザンナ様の命にございます」
「やはりな」

 その言葉に、ルーセル嬢の顔が安心した表情に変わる。

「だが、それでそなたたちの罪が消えるわけではない。ましてや軽く済むとでも思っているのか?」
「何故ですか? 私たちは仕方がなく――……」
「分からないのか。見せしめだということが」
「あっ」

 見せしめ……つまり、ロザンナの手先となる者を作らせないための処置だと、フィルマンは言いたいのだ。

 ロザンナに手を貸せば、生家であるジャヌカン公爵家から、援助などの甘い汁は飲めるだろう。しかし、その代償もまた大きいのだということを。

 その場で崩れる二人を、近衛騎士たちが容赦なく連れて行く。

「マリアンヌ嬢! 大丈夫でしたか?」
「えぇ。驚いたけど、エリアスのお陰でね」

 そう言ってエリアスの方を見ると、満足そうな笑みを浮かべていた。私も微笑み返すと、何故かレリアが不満そうな顔になった。

「いいんですよ、エリアスなんか。いっぱいこき使ってやってください」
「レリア、マリアンヌ嬢を手助けするどころか、迷惑をかけてしまったと思うのは分かるが。腹いせに、八つ当たりをするものではないよ」
「フィルマン様……」

 レリアを宥めに来たフィルマンに、私は感謝の意味も込めて一礼した。

「マリアンヌ嬢、済まなかった。折角のデビュタントをこのようにしてしまって。私からも謝罪させてほしい」
「そんな。私の不注意が招いたことですから」
「どういうことだい?」
「ホールで騒ぎがあった時、我々は通路にいたんです。なのに、何があったのか見に行きたいと言うもので」
「なるほど。君も大変だな」

 いたたまれない気持ちになった。しかし、どうしてもフィルマンに聞きたいことがあったため、私は顔を上げた。

「確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「彼女たちの処遇かい?」
「は、はい」

 何で、分かったんだろうか。攻略対象者だから?

「驚くことじゃない。レリアとエリアスの顔も見れば、(おの)ずと分かる」
「そういうものですか」
「あぁ。これでも人を見る目はある方だと思っているんだ。だから侍女の件も、真剣に考えてもらえないだろうか」

 フィルマンはレリアとダンスをした後、あのままホールに残っていたのだろうか。
 そうなると、私とエリアスのダンスを見ていた可能性がある。

 ハッとなって、私はエリアスの方を向いた。
 その時の私がどんな顔をしていたのか分からなかったが、エリアスはただ、苦笑しただけだった。