なぜ、こうなったのだろう。

 婚約式の会場である、庭園から連れ出された私は今、自室にいた。それも、エリアスと一緒に。

 うん。それは百歩譲るとしよう。でも、なんでこの体勢?

「エリアス。主役の私たちが会場にいないのはマズいと思うんだけど……」

 斜め横にいるエリアスに尋ねた。
 右腕は私の腰をしっかり掴み、左腕はスカートの上。そう、エリアスの膝の上にいるのだ。

 久しぶりのこの体勢。しかも、今のエリアスは髪をセットしていて、普段の何倍も格好良かった。
 ここ最近は婚約式とデビュタントの準備で忙しくて、なかなか二人だけの時間が取れなかったから、余計にそう思うのかもしれない。

「挨拶は終えたんだ。もう誰も気にしない」
「でも、お父様は……」

 主役の私たちがいなくなれば、招待客の相手を一手に引き受けることになる。すると当然、私たちがいないことに気づくはずだ。

「それも問題ない。レリアに任せてきたから」
「どういうこと?」
「俺たちが屋敷に入る時、フィルマンが旦那様の相手をしていただろ」

 確認はしていないけど、レリアはそう言っていた。

「あいつに借りを作るのは嫌だったんだが、もう少しだけ引き延ばしてもらえるように頼んだんだ。今頃、フィルマンのところに戻っていると思う」
「い、いつの間に!?」
「……屋敷に入る前」

 合図したってこと!?

「私もレリアと話がしたかったのに」
「手紙で十分しているだろう。それにあいつらとだって話をしていたじゃないか」
「招待したお客様と話をするのは当たり前でしょう。なんでそんなことを言うの?」

 まるで私が悪いことをしていたかのような言い方に、ムッとした。

「それはあいつらが、乙女ゲームとやらの“攻略対象者”だからだ」
「今日は私とエリアスの婚約式なのに、取られると思ったの?」
「ケヴィンとユーグはともかく、リュカは……」

 まだ私に気があると思ったのね。

 そっとエリアスの髪に手を伸ばし、クスリと笑って見せた。

「安心して。リュカにそんな気はないわ」
「……その根拠は?」
「しばらく前からオレリアと良い感じなんだって」
「……出所は?」
「ユーグからの手紙。エリアスは聞いていないの?」

 考え込んでいるのか、面白くないのか、顔を(しか)めるエリアス。
 それがおかしくて、私は髪を撫でるようにすいた。

「重要な案件はケヴィンを通しているから、最近はやり取りをしていない。というよりも、マリアンヌは一体何人と手紙のやり取りをしているんだ。多すぎないか?」
「そうねぇ。ユーグにキトリーさん、レリア。あとオレリアとも最近やり取りをしているわ」

 指折り数えてみると、四人だ。そんなに多い方じゃない。

 ユーグは、リュカのことや領地のことなど、たまにやり取りをしている。
 キトリーさんは、ケヴィンを通して私の話を聞くのか、心配する手紙が多いのだ。

 レリアとは文通友達。メールがない世界だから、やり取りも自然と頻繁になってしまう。楽しくてつい、私も返事を早めに送ってしまうのだ。

 最後、オレリアにはロザンナの様子を密かに教えてもらっていた。というよりも、ロザンナへの愚痴が大半を占めているため、今では聞かなくても教えてくれる。
 同じ貴族出身ということもあって、頻繫に組まされているそうだ。所謂、腫れ物扱いをされているのだろう。どう扱って良いか分からないから。

「……オレリアともやり取りをしているのに、出所はユーグなのか?」
「言ったでしょう。良い感じだって」
「つまり、恋人同士ではない、ということか?」
「うん。直接会っているわけじゃないらしいから」

 きっかけは、オレリアがリュカに送った手紙だという。
 ハイルレラ修道院での生活が落ち着いた頃、オレリアは謝罪の手紙を各所に送っていた。修道院が指導したものかどうかは分からないが、同じものが私のところにも来た。

 一応、返事は出したけど、それっきりだった。リュカに対しては違ったらしい。
 だから、このことをユーグから聞いた時はとても驚いた。

「思い過ごしなんじゃないか?」
「まぁ、まだ恋人同士じゃないから、疑うのは無理もないかもね。でも、ユーグが言うには、オレリアからの手紙を受け取った時のリュカを見て、そんな印象を抱いたらしいわ」

 五年前、私の手紙をリュカに届けていたエリアスなら、その意味は分かるはずだ。

「あのリュカが……オレリアと?」
「まぁ、エリアスの気持ちも分かるけど、これで少しは安心したんじゃない? フィルマンにはすでにレリアという婚約者がいるわけだし。ケヴィンは、とりあえずネリーに頑張ってもらって。ユーグに至っては、わざわざ波風を立てるようなことはしないと思うの」

 平和主義者だからね。悪く言えば事なかれ主義。
『アルメリアに囲まれて』でオレリアに虐められるマリアンヌを傍観していたのは、そういった性格だったからだ。

「まぁ、そうだな」
「だから、もう“攻略対象者”に(こだわ)らないで」
「俺もその内の一人なのに?」

 その言い方がまるで、ゲームの補正で結ばれたように感じて、嫌な気持ちになった。

「エリアスは私が“ヒロイン”だから好きになってくれたの?」
「そんなわけがないだろう。そもそも、乙女ゲームというものを知らないんだから」
「だったら、そういう言い方は止めて。きっかけはそうだったとしても、私は“攻略対象者”だからエリアスを好きになったわけじゃないんだから」

 助けてほしいから選んだ。でも、それと好きは関係ない。

「ごめん。悪かった」
「ううん」

 私はエリアスに向けて再び手を伸ばした。顔を引き寄せて、唇をそっと重ねる。

 時間にして数秒。

「エリアスのことが好きって分かってくれれば、それでいいの」

 少しだけ驚くエリアスに向かって微笑んだ。

「それだけでいいのか?」
「え!?」

 声を発した瞬間、腰にあったエリアスの右腕が背中に回り、強く引き寄せられた。
 その勢いのまま、私の唇を奪う。驚いた拍子に飲み込もうとした息ごと。

 初めて味わう、その荒々しいキスに頭の中が麻痺してしまいそうだった。