その日は夕方になっても、家族連れがいたり、中高生の集団がいたりして、
街はなんだか浮足立っていた。
自分もその中のひとりだと自覚をしながら、騒がしい街から離れ、待ち合わせのいつもの旧校舎へ向かい、建て付けの悪い戸を引く。
舞子はいつものように窓際に座っていた。
でも、雰囲気はガラッと変わっていた。
浴衣を着て、それに合わせて髪を横でまとめ、前髪を横に流している姿は舞子さんの黒い髪型によく似合っていた。
ここに来る間に浴衣姿の女性は何人も見かけたはずだった。
でも、それは忘れた。
舞子さんは可憐で、
儚くって、それでいて整然としていた。
いつもにまして、
背筋が伸びていて、
世の中のもののすべてを拒んでしまうくらいの清純。
舞子さんが恐い。
そう思えるほどだった。
「どうしたの。ぼーっとしちゃって」
早く入ってと舞子さんが急かす。
「あ……、舞子さんがいつもと違う格好だったので」
「似合うかしら。お母さんの浴衣借りてきちゃった」
そう言った舞子さんは自分が知っているいつもの舞子さんで安心した。
「ちょっと地味だけど、総絞りの浴衣だから」
近くで見ると藍色の菱形が白色に縁どられている。
さらに濃い藍色と赤色で描かれたクローバーのように見え、胸元は紅(くれない)の帯が締められ、舞子さんを引き締めていた。
「俺、浴衣とか詳しくないけど、舞子さんのための浴衣みたいです」
「良かった。一張羅の浴衣を着てきて」
舞子さんは口元を緩めた。
「それじゃあ、行きましょう」
「待って」
舞子は膝に置いていた風呂敷を机に広げた。
「折角だから、恭平さんも浴衣着ないかしら」
「俺、着たことないっす」
「大丈夫、着付けはできるから」
と、舞子によってあれよあれよと着せられる。
「お代官様お許しをう~」
とふざけて言うと、
「あれは着せるのではなくて脱がせている方だけど」
と舞子はケラケラ笑いながらも、手元が狂うことはなく、5分ほどで帯の結びまで完了した。
「ばっちりね、採寸はおおよそにしたから心配だったわ」
「採寸って、舞子さんが作ったんですか」
「ええ、浴衣はね。帯は家にあったもので、新品じゃないのが申し訳ないわ」
着せられた浴衣をまじまじと見る。
縫い目は小さく、均一で手作りとは思えない。
「和裁は得意なの。洋裁はピッタリ作るから苦手だけど」
「舞子さんはすごい趣味がありますね」
「このくらい普通よ」
「全然普通じゃないですって」
妙に噛み合わない会話は浴衣に着替えた胸の高鳴りに打ち消された。
ふたりで音が鳴る階段を下りる。
転ばないように苦戦していると、舞子が少し身体をナナメにして下りるといいと教えてくれる。
「舞子さんはお祭りの屋台なにが好きですか」
「よく綿菓子を買うわ。弟たちが喧嘩しないで食べられるから。私は子どもっぽいけど、べっこう飴が好きなの」
「りんご飴なら今日の服装にも合いますね。映え狙っちゃいましょ」
「そうね、奮発して弟たちには内緒で食べようかしら」
「他に甘いものは何が好きですか」
好きな人の好きなものは知りたい。
プレゼントして喜ばせてあげたい。
そうしたら、浅はかではあるが、舞子さんに近づくことができる気がした。
「雑誌で見たのは栗の甘露煮が乗ったケーキが東京にはあるらしいの。秋になったらそれを食べてみたいわ」
マカロン、タピオカ、パンケーキ……。
東京では日々新しいお菓子が生み出され、いつのまにか、インスタやテレビで連日見かけるようになる。
栗のケーキと恭平は頭の中にメモをした。
旧昇降口につき、立て付けの悪い扉を開け、舞子をエスコートする。
そのまま、旧校舎側にある裏門へと向かう。
そういえば、舞子さんと出たのは初めてだと思いながら、住宅街の小路へ出た。