そして。

抗争の結果は、余すことなくすべて、テレビによって伝えられた。

高森組は三ツ瀬組に敗北、お取り潰し。

貴也くんと高森組の組長さんは逮捕され、貴也くんは少年院に行くことになった。

三ツ瀬組は三澤地区にまで勢力を拡大し、今や全国一の強力なヤクザに成長した。

私とお母さんは、また家で二人暮しを再開した。

だけど一つだけ、変わったことが。


「お、果音ちゃーん!三ツ瀬くんと上手くやってるー?」

「うぇっ!?あっ、はい!たぶん!」


テレビ放送によって、私というレイくんの恋人の存在も広まった。

私が裏切った構成員さんを拘束しているところももちろん放送され、「三ツ瀬組に相応しい」なんてことも言われたり。

その話をしたら、レイくんは満足そうに微笑んでいた。

どうやらこれも計算のうちだったらしい。

本当に、レイくんには誰も敵わない。

あと、私はときどき三ツ瀬組にお邪魔するようになった。


『おかえりなさい!お嬢!!』


……とか言われて、びっくりしたなあ。

反射的に『お、押忍!』って言ったら構成員さんたちに感動されたっけ……。

ちなみにレイくんは隣で肩を震わせて笑っていた。いつか絶対に仕返しするもん。


「果音」


ふと、考え事をしていた私に、レイくんが声をかけてきた。

ここは三ツ瀬組の拠点、レイくんの部屋だ。

明日には私はお母さんと家に戻るから、レイくんとできるだけ長く一緒にいたくて。

それでゆったりしていた私に、レイくんは真剣な顔で私に向き直った。

なにか真剣なお話があると悟り、私からも向き直る。


「俺はヤクザで、しかも若頭で。俺の恋人なら、これからいくらだって狙われ続ける」


体育祭の日を思い出す。

あの日貴也くんに依頼されたあの人たちは、私を人質にするためにその依頼を受けたと言っていた。


「俺はこれからも非道なことをすると思う。それが、三ツ瀬組に拾われた俺の仕事だから」

「……」

「俺と一緒にいるっていうのはそういうこと。俺だって果音を守るけど、それでも絶対に安全じゃない。それに、果音が受け入れられないようなことだってするかもしれない」


レイくんは、私に触れたそうな瞳をしながらも、触れてくれない。

私とレイくんの間に隔たりがあるかのように。


「―――それを知っても、果音は俺を愛してくれる?」


やっぱりレイくんはとっても優しい。

今だって私の気持ちを尊重して、もし私が拒絶したら、自分の気持ちを無理矢理押し込めてでも私から離れるつもりだろう。

…だから、好きになったんだよ、きっと。


「もちろんだよ、レイくん」


私は、レイくんとの間の隔たりを埋めるように、レイくんの手を取って握りこんだ。

暖かい手。私を守ってくれた、大好きな手。


「私はレイくんが好き。今みたいに私を気遣ってくれるところも、自分にも他人にも厳しいところも、ぜんぶ」


だから私はレイくんを選ぶ。何があっても。


「私はレイくんの傍にいる。 危険だとしても」


それに、と私は付け足しながら微笑んだ。


「私は簡単に人にやられるほど弱くないよ。知ってるでしょ?」

「…ふ」


レイくんは優しく笑った。

安心したような笑顔に、胸が高鳴る。

この笑顔が、何よりも大好きだ。


「…ありがとう」


レイくんの手が私の手を握り返し、もう片方の手が私の頬に触れる。

そうして、レイくんは顔を近づけてきた。


「俺を選んでくれて。俺と出会ってくれて。俺を愛してくれて、ありがとう」


唇が重なって、レイくんの温もりが私を包み込む。

すべて終わったあとのキスは、今までのどんなキスよりもずっと甘くて優しかった。


「愛してる、果音」


そう愛を囁いてくれたレイくんは、私に甘やかで幸せなキスを降り注がせるのであった。


そして。



「おはよ!レイくん!」

「ん、おはよう、果音」


始まった二学期。

前のように挨拶して、ぜんぶ終わったのを改めて実感する。

もう、貴也くんの貫くような視線を感じることは、ない。

奏とお父さんはもういないけど、でも、怯えることの無い毎日が始まった。


「のんちゃん!おはよう!」

「あ、陽向っち、おはよ……ぶべっ!」

「う、ぐすっ……!とっても心配したんだから!」


いきなり陽向っちに抱きつかれて目を瞬かせる。

……そっか。

誘拐以降会ってなかったっけ。


「ありがとう、陽向っち」


私は、ぎゅうっと陽向っちを抱き締め返した。

……こんな友達を持てるなんて、私は幸せだ。


「果音!大丈夫だったか!」


慎吾くんも来て、私を見てホッとしたような顔を見せてくれた。


「おはよう、慎吾くん!うん、すっごくピンピンしてるよ!」

「テレビ見たぞ、あのワンピースめっちゃ似合っ……」

「後藤、お前殺されたいか」

「ひえ……褒めるくらいいいじゃねえかよ、三ツ瀬……」


ぷぷっと笑う。

蛇に睨まれた猿だ。かわいそう。

ああ、じゃなくて、蛙、なんだっけ。

そして。


「席に着けー、ホームルーム始めるぞ」


ドラちゃんも来て、いつもの朝。


「ドラちゃんおはよー!」

「おう、今日も元気だな」


久雪街は危険な街だ。

だから、ヤクザの恋人の私も、ヤクザのレイくんも、受け入れてくれる。

それが、よくないことでも嬉しかった。


「ドラちゃん!今回宿題すっごく合ってるよ!」

「そうか、じゃあ実力テストが楽しみだな」

「ふっふっふ、レイくんとの勉強会の成果を見せてしんぜよう!」


みんなで笑う。みんなで話す。みんなで、歩いていく。

それが、こんなにも幸せだなんて。


「果音、頑張ったもんな」


隣の席のレイくんが、私を撫でてくれた。

頬をだらしなく緩めてされるがままになる。

そんな、ありきたりな幸せを享受する私は、直後、大きな驚きに包まれることになるのだった。




「じゃあ転校生を紹介する、入れ」




また、始まる予感がした。


―――私たちの、幸せを追う危険な日々が。


だけど、不思議と、恐怖は全く感じなかった。



「どうも。東雲 葵です、よろしく~」



《ある日、転校生がやってきた。 1st days》