「果音が話してくれたことだし、俺も話していい?」


しばらくして、私が落ち着いたあと。

他愛もない話を挟んでから、レイくんが言った。


「うん、知りたい」


私はレイくんが私にそうしてくれたようにぎゅっと手を握って頷く。


「俺は、元々は三ツ瀬組の人間じゃない」

「え?」

「俺は養子なんだよ。5歳の頃、親父に―――三ツ瀬 豪に、拾われた」


そういえば、ゴウさんはレイくんにまったく似ていなかった。

髭のあるなしとかが関係してるだけかな、と思ってたんだけど、似てないのが正解だったなんて。


「俺は、久雪街の、とある家に生まれたんだ、だけど」


レイくんは、どこか遠くに視線を移した。

その目は、冷たい。

無感情かつ無関心の、冷徹な瞳。


「俺は、あいつらにとって出来損ないでしかなかったらしい。暴力と育児放棄が常だった」

「そんな……」

「だから俺は逃げ出した。他の家族がちょっと喧嘩している間に、家を抜け出して」


他の家族。

レイくんはそんな言い方をした。

もしかして、レイくんは親以外に会ったことがないのだろうか?

だから、他の家族だなんて言い方をしたのだろうか?


「で、さまよってる俺を親父に拾われて養子縁組…ってわけだ。ただそれだけ。おしまい」


レイくんはさらっと語ってみせた。

無関心なレイくんにとっては、自身の過去でさえ瑣末事なのかもしれない。

本当は自分の拠り所になるはずの両親に暴力を振るわれていたことも、それで逃げ出したことも、三ツ瀬組の息子になったことでいろんな訓練をしなきゃいけなくなったであろうことさえも。

好きな色も、動物にも何にも、興味がなかったレイくんだから。

でも暴力が常なんて、そんなこと辛いに決まってる。


「……ありがとう、レイくん」

「なにが?」

「その家から逃げてくれて」


レイくんがそのことを気にしていないなら、私が辛かったねとか、逃げてよかったんだよとか、そういうこと言う必要はない。

だから、せめて、感謝だけは。


「きっと、そこで逃げてくれたから、私はレイくんと会えた」

「……!」

「だから、ありがとう」


それと、話してくれてありがとう、と。

私はそう言ってぎゅーっとレイくんを抱きしめた。

きっといっぱい痛い思いをしてきたであろう、レイくんの体。

これからはなるべく傷つくことがないようにと、私は心から願った。


…レイくんいわく。

レイくんは転校前まで、久雪街にあるもうひとつの大きな私立学園、フィグセルアカデミーに通っていたらしい。

今私たちが通っているのは私立嶺川学園。

嶺川学園は表社会の人たちがほとんどの学園なんだけど、フィグセルアカデミーは、裏社会の人たちがほとんどの学園みたい。

嶺川学園の理事長とフィグセルアカデミーの理事長は兄弟で、表社会の人たちに悪影響が出ないようにするためらしい。

ちなみに、公立学園は不良校ばかりである。

なぜレイくんが転校してきたかというと、ゴウさんが表社会を勉強して来いと転校に出したらしい、けど。

それで転校されられるなんて、流石権力者。

久雪街随一の勢力をもつ三ツ瀬組は格が違うよね。

あと、私と付き合ったことを話したら、ずっと嶺川学園にいることを許してもらえたらしい。

もとは頃合を見て戻る予定だったらしいから、安心安心。

これで卒業まで一緒の学校だ。

とはいえ、私はこのまま嶺川学園の大学部に進学するつもりだから、レイくん次第では大学まで一緒だ。

まあでも、レイくんは頭がとってもいいから嶺川学園の大学部はちょっと物足りないかもね。

今度、どこにいくつもりなのか聞いてみよう。


「さてと、寝ますか」


ふかふかのベッドに寝転がって、私は目を閉じた。

すると眼裏に浮かぶのは、貴也くんの虚ろな目。

……大丈夫。

私は、ふうっと息を吐いた。

レイくんは、負けないって言ってくれたんだから。

私は、それを信じるだけだ。

















「……うん、うん。……そっか、よかった。うん、じゃあね」


ピッ、と通話終了のボタンを押す。

お母さんと電話したが、元気そうでよかった。

あと陽向っちと慎吾くんにも連絡した。

2人はひどく私を心配してくれていた。

慎吾くんなんか警察官である慎吾くんパパに捜索願を出そうか本気で迷ったとか何とか。

嬉しい限りだ。

あと、陽向っちに投げた菜の花の髪飾りは、陽向っちが郵送に出してくれたみたいで、すぐ届いた。

傷はやっぱりちょっとついていたけど、菜の花の部分は問題なさそうだったので、ひとまず安心だ。

とってもホッとした。


……決戦は、いよいよ明日に迫る。

私は、レイくんにわがままを言って連れていってもらうことにした。

起きてさえいれば貴也くんにも今の私は勝てると思うので、誘拐の心配はないよ、って。

そしたら、そんなの俺がさせるわけない、って言ってくれた。

レイくんやっぱりかっこいい。



……あの日。

「仲間」のみんなに別れを告げたあと、家に帰って急いで荷物をまとめた頃。

それまでつけていたはずのミサンガがなくなっていた。

そのミサンガは奏がくれたものだった。


『ねえねえお姉ちゃん、これあげる!』


ミサンガは、不器用な奏が初めて作ったアクセサリーだ。

何度も直した跡、拙い『果音』の刺繍。

そのどれもを、鮮烈に覚えている。


『うわー!ありがとう、すっごく可愛い!ミサンガ?』

『そうだよ!あたしが作ったの』

『そうなの⁉︎絶対大事にするーっ』


切れたのかわからないが、なくしてしまったけど。


『素敵なミサンガありがとう!―――奏』


切れて、願いが叶ったのなら。

私の願いは、なんだったのだろう。


「だめだ……疲れてるなあ、私」


こんなことを考えちゃうなんて。

願いが叶ったかどうかなんて関係ない。

叶ってないなら、自分で叶えればいい。

そう、それでいい。

私は無理矢理自分にそう言い聞かせ、自分の中にずっと居座っている願いのことは知らないふりをした。


―――2人が生きていたならどんなに……と。