「果音」
ドアを開けてやってきたのは、やっぱり貴也くんだった。
彼は、ご飯が乗ったワゴンを押していた。
「朝ごはんだ、食べろ」
そこまで聞いて、今が朝だったと思い出す。
貴也くん自ら運んでくるなんて、やっぱり徹底ぶりがすごい。
「果音、逃げようなんて考えるなよ」
貴也くんは私の肩にぽんと手を置いた。
「策は積みきった。逃げる方法なんてない」
「…………」
そう言って、貴也くんは去っていく。
お腹すいたし、何か食べたかったけれど。
私は、何も手をつけなかった。
出されたものを何も食べなかった―――
それは相手に対する拒絶の意思である、と本で読んだことがある。
私はそれを示したつもりだけど……。
「……お腹すいた」
いかんせん、お腹がすいた。
朝ごはんを人生で初めて抜いた私が今できることは少ない。
現状把握でできるものはやりきった。
あとは、レイくんがやってくるのを待つだけだ。
とはいえ、動いていると辛いので、準備運動を済ませたあとはベッドに横たわり体を休める。
ぐぅーっと鳴るお腹を無視して、目を閉じた。
……菜の花の髪飾り、傷ついてないといいけど。
非常事態だったとしても、私はこの高さから投げてしまったのだ。
髪飾りが無事であることを、私は切に願った。
……そして、しばらくして。
「……来た」
ぱちっと目を開ける。
さっきより、建物内の気配が騒がしい。
近くにあった気配がどんどん下に向かって遠ざかっていくのを感じた。
……レイくんが、来たのだ。
じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
私はお昼は過ぎるかなと思っていたんだけど、だいぶ早く来てくれたようだ。
そう思いながら、私は再び目を閉じる。
そのすぐ後、部屋に誰かが入ってくる音がした。
……毎度そうだけど、ノックくらいしないのかな?
「果音」
「……」
「果音、寝てるのか?」
貴也くんだ。
一生懸命、唾を飲み込んだり目を動かしたりしないように気をつけながら、眠っているときの呼吸を意識する。
貴也くんは、私の近くで足を止めた。
……早く行ってよ!
そんな願いも虚しく、貴也くんの視線が私の体を舐めるように動くのを感じる。
「…………」
「………………」
「寝てるならいい、か」
っ、よっしゃ!
上手く誤魔化せたようだ。
貴也くんの気配が走って下の階に向かったのを確認して、私は飛び起きる。
さて、じゃあ脱出しますか。
髪からヘアピンを取り、曲げる。
扉は別に蹴破ってもいいんだけどさ、それだと気づかれちゃうし。
私は早くレイくんに会いたいという気持ちを胸に、鍵付きのドアの鍵開けに取り掛かった。
『策は積みきった。逃げる方法なんてない』
……そうだね、貴也くん。
確かに、私一人じゃ逃げられなかった。
レイくんたちに居場所も告げられず、いつまでもここにいることになったかもしれない。
でも、私はひとりじゃない。
路地裏に陽向っちがいた。
心強いレイくんがいた。
慎吾くんだって、いつも私の力になってくれる。
私は、負けない。
『なんでだよ!果音は悪くねぇだろ!』
『行かないで!行かないで、のんちゃん―――!』
「―――……」
もしかしたら。
私の4年前の仲間たちは、頼って欲しかったのかもしれない。
あの頃の私は、すべて自分で背負うことしか知らなかったから。
みんなを傷つけたくなくて、勝手に縁を切って、引っ越して。
本当はもっと、頼るべきだったね。
……のんちゃん、か。
陽向っちがそう呼んでくれたときは、嬉しかったなあ。
懐かしくて、嬉しくて……。
カチャ、と小さな音をたてて鍵が開いた。
急いで貴也くんの部屋に滑り込み、ドアを閉める。
貴也くんの部屋の鍵は多分ついていない。
貴也くんは昔から、鍵が嫌いだったから、必要以上の鍵は作らないはず。
廊下側の壁に背中をぴったりくっつけて、気配を探る。
…………うーん、護衛らしき人が、2人?
無駄なおしゃべりもしてないし、息遣いとかからして、結構強そうだな。
やっぱり「貴也くんの部下」の人かな。
まあいいや、さっさと片付けないと。
改めて鍵がついていないことを確認して、ドアを開ける。
「!!」
「ほっ!」
懐に飛び込み首をとんっと叩く。
1人目はまずオッケーっと。
続いて、手を伸ばしてきたもう1人から飛び退いて距離をとった。
流石は強そうな人。あんまり隙がない。
だけど!
そして大きく踏み込み腹パン1つ。
……防御がだめだめ。
貴也くんってば、攻撃は最大の防御とは言うけど、ちょっとは防御もするように教えなきゃダメじゃん。
「よっ……と」
「っぐ…!?」
気絶させたいだけだし、ひとまずはこんなものかな。
…でも、やけにあっさりしてたな。
やっぱり人手が足りないのかも。
『もともとあの男からは果音を奪うつもりでいたが、こっちの準備が終わってから行動に移す予定だったんだ』
貴也くんはそう言っていた。
つまり、まだ準備が終わっていなかったということ。
私たちがカップルカフェなんて言ったから、ありあわせの人員で誘拐作戦を決行したに違いない。
そう、だから―――勝算が、ある。
レイくんが上手くやってくれれば、きっと…!
「とりあえず、急がないとね」
私はそう呟き、鳴るお腹を無視して走り出した。
****
「よう、三ツ瀬」
烏猫の西にある、少なくとも烏猫の視線くらいまで高さがある建物といえば、ここしかない。
そう思って来てみれば案の定、高森はいた。
本来この建物は建設は終わったもののまだ使われていないオフィスビルのはずだ。
流石は「高森」、買い取るのくらいは簡単なのか。
「単刀直入に言う。」
俺は、ぞろぞろと俺の前に立ち塞がる高森の部下を無視して高森に凄んだ。
「―――果音を」
誰がどう邪魔しようと関係ない。
邪魔するのなら、なぎ倒すまで。
「俺の女を、返せ」
「―――………ふん、やれ」
俺の女、という言葉に憤ったのか、元々そのつもりだったのか。
高森は部下に命令して、俺を襲わせた。
「殺されたくないならさっさと消えろ。今俺は最高に機嫌が悪い」
そう忠告するも誰も退かない。
仕方なく、俺は戦い始める。
俺は、ここに一人で来た。
それは高森みたいに人手が足りなかったわけじゃない。
俺一人のほうが、強いからだ。
「ぐあっ!」
「がっは…!」
「ぶがっ!!」
俺が難なく男たちを倒せば、高森は面白くなさそうに顔を歪めた。
ありあわせで俺に勝てると思ってたのか?
だとしたら相当な蛮勇だ。
高森が更に指示を出そうとした、そのとき。
「―――!」
俺はとある気配を感じ、手加減をやめて周りの男を一掃した。
そう、その気配は―――
「くっそ、待ちやがれ!」
「やーだよー!!!」
べー、と舌を思いっきり出す果音だった。
「果音!?」
高森がバッと振り返る。
かくいう俺もとても驚いたのだが、高森の驚いた顔を見たら冷静になった。
「こんの、コイツ!」
果音を追いかけていた男は果音に襲いかかろうとする。
俺はそれを止めようと……
「そんなに戦いたいの?しかたないなあ」
その瞬間。
男は、果音を見失った。
「っあいつ、どこ行きやがった!?」
「ここだよ!っと」
背後に回っていた果音に背中を突かれ、男が倒れる。
しばらくは体が痺れて動けないだろう。
…そうか。果音は運動神経がいいし、ここは久雪街だし、今までもいろいろあった。
戦えてもおかしくない。
「果音」
俺は、両腕を広げて果音を呼んだ。
パッとこっちを見て目が合った果音が、花が咲いたように笑う。
…よかった。
俺が、愛している笑顔だ。
「レイくん!」
果音は、俺を嬉しそうに呼んで腕に飛び込んできた。
ぎゅっと抱きしめてくるぬくもりに安心する。
とりあえず、怪我はないようだ。
「果音を迎えに来た。帰るよ」
俺はそう言って、果音に微笑んだ。
ドアを開けてやってきたのは、やっぱり貴也くんだった。
彼は、ご飯が乗ったワゴンを押していた。
「朝ごはんだ、食べろ」
そこまで聞いて、今が朝だったと思い出す。
貴也くん自ら運んでくるなんて、やっぱり徹底ぶりがすごい。
「果音、逃げようなんて考えるなよ」
貴也くんは私の肩にぽんと手を置いた。
「策は積みきった。逃げる方法なんてない」
「…………」
そう言って、貴也くんは去っていく。
お腹すいたし、何か食べたかったけれど。
私は、何も手をつけなかった。
出されたものを何も食べなかった―――
それは相手に対する拒絶の意思である、と本で読んだことがある。
私はそれを示したつもりだけど……。
「……お腹すいた」
いかんせん、お腹がすいた。
朝ごはんを人生で初めて抜いた私が今できることは少ない。
現状把握でできるものはやりきった。
あとは、レイくんがやってくるのを待つだけだ。
とはいえ、動いていると辛いので、準備運動を済ませたあとはベッドに横たわり体を休める。
ぐぅーっと鳴るお腹を無視して、目を閉じた。
……菜の花の髪飾り、傷ついてないといいけど。
非常事態だったとしても、私はこの高さから投げてしまったのだ。
髪飾りが無事であることを、私は切に願った。
……そして、しばらくして。
「……来た」
ぱちっと目を開ける。
さっきより、建物内の気配が騒がしい。
近くにあった気配がどんどん下に向かって遠ざかっていくのを感じた。
……レイくんが、来たのだ。
じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
私はお昼は過ぎるかなと思っていたんだけど、だいぶ早く来てくれたようだ。
そう思いながら、私は再び目を閉じる。
そのすぐ後、部屋に誰かが入ってくる音がした。
……毎度そうだけど、ノックくらいしないのかな?
「果音」
「……」
「果音、寝てるのか?」
貴也くんだ。
一生懸命、唾を飲み込んだり目を動かしたりしないように気をつけながら、眠っているときの呼吸を意識する。
貴也くんは、私の近くで足を止めた。
……早く行ってよ!
そんな願いも虚しく、貴也くんの視線が私の体を舐めるように動くのを感じる。
「…………」
「………………」
「寝てるならいい、か」
っ、よっしゃ!
上手く誤魔化せたようだ。
貴也くんの気配が走って下の階に向かったのを確認して、私は飛び起きる。
さて、じゃあ脱出しますか。
髪からヘアピンを取り、曲げる。
扉は別に蹴破ってもいいんだけどさ、それだと気づかれちゃうし。
私は早くレイくんに会いたいという気持ちを胸に、鍵付きのドアの鍵開けに取り掛かった。
『策は積みきった。逃げる方法なんてない』
……そうだね、貴也くん。
確かに、私一人じゃ逃げられなかった。
レイくんたちに居場所も告げられず、いつまでもここにいることになったかもしれない。
でも、私はひとりじゃない。
路地裏に陽向っちがいた。
心強いレイくんがいた。
慎吾くんだって、いつも私の力になってくれる。
私は、負けない。
『なんでだよ!果音は悪くねぇだろ!』
『行かないで!行かないで、のんちゃん―――!』
「―――……」
もしかしたら。
私の4年前の仲間たちは、頼って欲しかったのかもしれない。
あの頃の私は、すべて自分で背負うことしか知らなかったから。
みんなを傷つけたくなくて、勝手に縁を切って、引っ越して。
本当はもっと、頼るべきだったね。
……のんちゃん、か。
陽向っちがそう呼んでくれたときは、嬉しかったなあ。
懐かしくて、嬉しくて……。
カチャ、と小さな音をたてて鍵が開いた。
急いで貴也くんの部屋に滑り込み、ドアを閉める。
貴也くんの部屋の鍵は多分ついていない。
貴也くんは昔から、鍵が嫌いだったから、必要以上の鍵は作らないはず。
廊下側の壁に背中をぴったりくっつけて、気配を探る。
…………うーん、護衛らしき人が、2人?
無駄なおしゃべりもしてないし、息遣いとかからして、結構強そうだな。
やっぱり「貴也くんの部下」の人かな。
まあいいや、さっさと片付けないと。
改めて鍵がついていないことを確認して、ドアを開ける。
「!!」
「ほっ!」
懐に飛び込み首をとんっと叩く。
1人目はまずオッケーっと。
続いて、手を伸ばしてきたもう1人から飛び退いて距離をとった。
流石は強そうな人。あんまり隙がない。
だけど!
そして大きく踏み込み腹パン1つ。
……防御がだめだめ。
貴也くんってば、攻撃は最大の防御とは言うけど、ちょっとは防御もするように教えなきゃダメじゃん。
「よっ……と」
「っぐ…!?」
気絶させたいだけだし、ひとまずはこんなものかな。
…でも、やけにあっさりしてたな。
やっぱり人手が足りないのかも。
『もともとあの男からは果音を奪うつもりでいたが、こっちの準備が終わってから行動に移す予定だったんだ』
貴也くんはそう言っていた。
つまり、まだ準備が終わっていなかったということ。
私たちがカップルカフェなんて言ったから、ありあわせの人員で誘拐作戦を決行したに違いない。
そう、だから―――勝算が、ある。
レイくんが上手くやってくれれば、きっと…!
「とりあえず、急がないとね」
私はそう呟き、鳴るお腹を無視して走り出した。
****
「よう、三ツ瀬」
烏猫の西にある、少なくとも烏猫の視線くらいまで高さがある建物といえば、ここしかない。
そう思って来てみれば案の定、高森はいた。
本来この建物は建設は終わったもののまだ使われていないオフィスビルのはずだ。
流石は「高森」、買い取るのくらいは簡単なのか。
「単刀直入に言う。」
俺は、ぞろぞろと俺の前に立ち塞がる高森の部下を無視して高森に凄んだ。
「―――果音を」
誰がどう邪魔しようと関係ない。
邪魔するのなら、なぎ倒すまで。
「俺の女を、返せ」
「―――………ふん、やれ」
俺の女、という言葉に憤ったのか、元々そのつもりだったのか。
高森は部下に命令して、俺を襲わせた。
「殺されたくないならさっさと消えろ。今俺は最高に機嫌が悪い」
そう忠告するも誰も退かない。
仕方なく、俺は戦い始める。
俺は、ここに一人で来た。
それは高森みたいに人手が足りなかったわけじゃない。
俺一人のほうが、強いからだ。
「ぐあっ!」
「がっは…!」
「ぶがっ!!」
俺が難なく男たちを倒せば、高森は面白くなさそうに顔を歪めた。
ありあわせで俺に勝てると思ってたのか?
だとしたら相当な蛮勇だ。
高森が更に指示を出そうとした、そのとき。
「―――!」
俺はとある気配を感じ、手加減をやめて周りの男を一掃した。
そう、その気配は―――
「くっそ、待ちやがれ!」
「やーだよー!!!」
べー、と舌を思いっきり出す果音だった。
「果音!?」
高森がバッと振り返る。
かくいう俺もとても驚いたのだが、高森の驚いた顔を見たら冷静になった。
「こんの、コイツ!」
果音を追いかけていた男は果音に襲いかかろうとする。
俺はそれを止めようと……
「そんなに戦いたいの?しかたないなあ」
その瞬間。
男は、果音を見失った。
「っあいつ、どこ行きやがった!?」
「ここだよ!っと」
背後に回っていた果音に背中を突かれ、男が倒れる。
しばらくは体が痺れて動けないだろう。
…そうか。果音は運動神経がいいし、ここは久雪街だし、今までもいろいろあった。
戦えてもおかしくない。
「果音」
俺は、両腕を広げて果音を呼んだ。
パッとこっちを見て目が合った果音が、花が咲いたように笑う。
…よかった。
俺が、愛している笑顔だ。
「レイくん!」
果音は、俺を嬉しそうに呼んで腕に飛び込んできた。
ぎゅっと抱きしめてくるぬくもりに安心する。
とりあえず、怪我はないようだ。
「果音を迎えに来た。帰るよ」
俺はそう言って、果音に微笑んだ。