「…で、ここが屋上。普段立ち入り禁止で鍵がかかってるから入れないんだけど」

「ん。」

「これで校舎案内はおしまいかな」

「…ども。」


始業式後の休み時間。

隣の席の責務として校舎案内をドラちゃんに命じられた私は、レイくんを案内していた。

なんとびっくり、レイくんは今まで1回につき2文字しか話していない。

私はここまで来ると感心してしまう。

勝手にレイくんって言ってるけど、もしかして名字呼びの三ツ瀬くんから始めた方がよかったかな?

なんて思うけど、もうレイくんと呼び始めてるし、何回が呼んでるけど反論がないのでまあいいか。

少し無遠慮だったかと思うも、結局はポジティブシンキングな私である。

ということで、校内案内も終わったので踵を返すと。


「じゃあ、教室戻ろっか―――っ、わ!」

「っ!!」


ツルっと。

それはもはや鮮やかな気がした。

方向転換の瞬間にリノリウムの床が滑って転びそうになる。

やばい―――と、思ったその瞬間。


「…あっ、ぶな……っ」


長い腕が腰に回って、寸前で私の体は抱きとめられた。

う、わ……っ!

驚いて目を見開いたせいで、ドアップのレイくんの顔が目に入ってしまう。

す、すごくかっこいい……。

社交ダンスみたいなポーズで止まった私たちは、しばらくその状態で固まった。


「……ご、ごめんっ、ありがとう!!」


ゆっくり30秒ほど数えて、私はやっと正気に返った。

慌てて離れて両手を挙げて、気まずい思いのまま目線をさまよわせる。

うう、恥ずかしいー……

こんなドジをかましてしまうなんて、運がない。

第一印象が廊下で盛大に転びそうになる人だよ、最悪。

…………でも。

さっき間近に見えたレイくんの真っ黒な目…綺麗だったな。

って、わーー!何考えてんだろ!やめようやめよう!

すると。


「……大丈夫?」


レイくんは、黙りこくる私に心配そうに聞いてきた。

私は慌てて返事を………………

………………あれ?

だ、い、じ、ょ、う、ぶ…。


「ろ、6文字……!?はてなマークって込みかな?」

「いきなり何」

「わわっ、ごめん、急に!話してくれて嬉しくなっちゃって」


私はまた両手をシュバッと挙げた。

無害ですよアピール、のつもりだけど伝わっているだろうか。

レイくんは、相変わらず感情のこもっていない真っ黒な目のまま私を見下ろした。


「…無事ならいいけど」

「……」


レイくんはそう言って今度こそ教室に帰ろうと踵を返す。

そして、少し私を振り返った。


「…結野、行かないの?」

「っ、行く!」


名前呼んでもらえた…!?

とっても嬉しくなって、笑顔になりながらレイくんの隣に駆け寄る。


「ね、レイくん。ウツボとミノカサゴだったらどっちが好き?」

「唐突だねってよく言われるだろ、結野」

「言われる!それで、どっちが好き?」

「ウツボ。名前が短くて書きやすい」

「レイくんらしいねってよく言われない?」

「言われる」


他愛のない話をしながら教室に戻っていく。

今度は転ばないように、ゆっくりと。

そうして、私はレイくんの2文字から脱出したのだった。

そういえば…三ツ瀬ってどこかで聞いたことがあるような…なんだっけ?