カフェに着いた。
見た目は隠れ家的で案外普通だ。
ピンクピンクしてハートばっかだと思ってたんだけど。
なんかウッディというか、ナチュラルな感じだ。
「いらっしゃいませ!」
レイくんは迷わずドアを開ける。
カランカランというウェルカムベルとともに明るい店員の声が私たちを迎えた。
「予約していた三ツ瀬と結野です」
そう、レイくんは予約までしていた。
予約にパートナーの苗字も必要らしいから苗字言っていい?ってメッセージが来たときはビックリしたよ。
楽しみにしすぎ、とか思ったけど、まあ私がレイくんの立場だったら入れないと困るので同じことをしたと思う。
さて、中は通路しか見えない。あとは壁。
扉がいくつもあって、それが個室に繋がっているみたいだ。
うーん、なるほど。
これは個室ありというよりほとんど個室だね。
安心したけど反応は果たしてそれで合っているのか。
そこそこ趣向として人がいるところでイチャイチャしたい人種もいるらしいから壁ナシ席もあるにはあるらしいけど。
「はい!お待ちしておりました!こちらへとうぞ!」
そして個室に案内され―――あれれ、なんか2階へ上って行っているような。
「今回はプレミアムルームのご予約でしたので、事前にネット注文していただいたものを部屋の中にご用意しております」
プレミアムルームなんてものがあったんだ。
メッセージで「何注文したい?」とかさりげなく聞いてきたのはこれだったのか……。
え、もしかしてサプライズ関係のとき私騙されすぎ?
「果音、どうかしたのか?」
レイくんが悪戯っぽく微笑んで恋人繋ぎの手を握った。
「い、いや……。なんか、手のひらの上で転がされてるなって」
「……ふ」
レイくんはポンと空いている手で私の頭を撫でる。
「俺は果音に振り回されっぱなしだけどな」
「えぇ?」
ほんとに?と聞くと、レイくんは静かに頷いた。
「果音、来る前にも言ったけど」
「ん?」
「俺が、俺が絶対に、幸せにするから」
やっぱりレイくんの声は覚悟めいていて、誓いのようで。
「俺が」を強調するあたり、思い当たる元凶はひとつしかない。
「……もしかしてレイくん、貴也くんに会ったんじゃ―――」
「し、果音」
レイくんの人差し指がむにっと私の唇を塞ぐ。
「今はデート中」
……あ、そうか。デート中に他の男の人の名前を出したらいけないよね。
「レイくん」
貴也くんにレイくんとの親しさがバレた以上、レイくんが恨まれたり狙われたりするのは避けられないだろう。
『お、姉……ちゃ…………っ、ごほ……!!』
ならば、共に戦うしかない。
「大事な話があるから、今度聞いて欲しい」
「ああ」
「レイくんもまだまだ話してないことがあるんだろうけど……」
私は、必死に言葉を選びながら、言った。
「レイくん。私もね、隠してたことがあるんだ」
店員さんは少し離れた場所で待っていてくれている。
さすがカップルカフェ、徹底ぶりがすごい。
「貴也く……じゃなく、えっと、私たちの過去にあったこと、全部話すから」
「……ありがとう、果音」
レイくんは、心底嬉しそうに笑った。
「待ってる」
そして、さて。と店員さんを見た。
すると、店員さんはにっこりと微笑んで少し豪華なドアを開ける。
その対応好き。何も聞いてない感じとか特に。
マップアプリのレビューは星五にしておこう。
そんなことを思いながら、ぺこりと会釈をする。
「どうぞごゆっくり」
そう言ってお辞儀をした店員さんが、とうとう個室のドアを閉めたのであった。
「果音」
「―――っ!」
背後から、ぎゅっと腕を回される。
レイくんの匂いが私を包んだ。
……か、覚悟はしてたつもりだけど、やっぱり心臓に悪い!!
「本当は、お家デートもよかったんだけど」
レイくんが、微笑みの気配とともに耳元で囁く。
「せっかくだから、雰囲気から作るのもいいかと思って」
レイくんの手が、私の肩に触れて私の体を回転させる。
その手に従って振り返れば、レイくんの甘い笑顔が目に入った。
最初の頃からは想像できない、柔らかい笑顔。
熱くて濡れた、瞳。
「キスしよ」
「っ、ん……っ」
返事を待たずに、レイくんは私の唇を塞いだ。
そのキスはいつもより深くて、余裕がなくて、甘い。
「……っは、待って、レイく……っ」
「待てない」
レイくんは、私を抱き上げてソファ型の席に優しく下ろした。
そして、キスの合間に低く掠れた声で囁いてくる。
「来るときにあんなかわいいこと言ったんだから、責任取れよ」
煽ったのは果音だよ、って。
いつも私をドキドキさせてくるレイくんが、余裕ない。
レイくんは、ときどき余裕がなくなる。
いつも我慢してるけど爆発する、みたいなことを言ってたけど、よくわからなかった。
だけど今は爆発してる。
レイくんが、獣みたい。
真っ黒な瞳に吸い込まれて、力が抜けて、何も出来なくて。
体が溶けてくみたいな感覚に酔いそうになる。
「ふ……っ、うあ……!?」
熱い何かが唇をこじ開けてきたと思うと、私の口の中を蹂躙し始めた。
……っこれ、レイくんの舌、だよね……!
頭がぼんやりして、上手く思考がまとまらない。
レイくんの舌は私のそれを絡め取り、それから上顎を撫でてくる。
「んん、ぁ……、レイ、く……ん」
何これ、気持ちいい……。
ちょっと息が苦しくて、でも幸せの方がずっと大きくて。
視界がぼんやりして、目を閉じた折に生理的な涙がぽろりと零れる。
レイくんは、やっと唇を離してくれた。
「かわいい」
ちゅっと瞼に唇を落とし、レイくんは離れる。
「ごめん、せっかくカフェに来たのに。カフェっぽいところ堪能する前に我慢できなくなった」
「そそそそそれ、言わなくてもよくない!?」
「照れて欲しくて、わざと言った」
「うぐ……」
やっぱり私はレイくんの手のひらの上だ。
絶対に敵うことはないんだろう。
そう思っているうちに、レイくんは自然な動作で私の隣に腰掛けた。
あ、向かいじゃないんだ。
というか、なんか近いような?肩がぴったり触れておりますが?
え、あ、でも、本当は恋人はこの距離感が当然だったりするのかな……?
「果音」
「ひゃい!?」
な、なんか変な声出た……っ!?
慌ててレイくんを見てみれば、レイくんは頼んだものが並んでいる戸棚を開けていた。
そこには私が大好きなカフェオレ、一口サイズに切られたショートケーキ、その他いろいろ。
「喉乾いてない?カフェオレ飲む?」
「あ、飲む!ありが―――」
レイくんの気遣いに甘えてカフェオレに手を伸ばすも、私はふと気づいて首を傾げた。
「レイくんの飲み物は?」
「カフェオレ」
「え?でもカフェオレ1つしかないよ?」
レイくんは、不敵な笑みを浮かべた。
あ、これ聞いちゃダメなやつだったかも……。
「これ2人分なんだよ、果音」
「2人分……ってまさか……それ、Lサイズとかじゃなくて、一緒で二人分の―――」
言い終わらないうちに、レイくんはカフェオレを口に含む。
そのまま、ぐいっと私の頭を引き寄せて唇を重ねた。
「んむ……っ」
さっきのように舌が滑り込んできて、そのままカフェオレを流し込まれた。
「ん……っ」
ごくり。
甘くて苦いカフェオレが私の喉に落ちていく。
く、口移し……!
レイくんと、口移ししちゃった……。
恋人カフェおそるべし。
こんなことになるなんて。もちろん嬉しいけど。
思ってもいなかった展開に、私はすっかり顔を赤くしてしまった。