初夏も過ぎ、夏の盛り。
入学式、体育祭、ときて。
次に来るのは、やっぱり。
「夏休み~!!!!」
拳を思いのままに突き上げる。
「いっぱい遊ぶぞー!」
「宿題忘れんなよ」
せっかくわくわくしていたのに、半目のドラちゃんに水を刺された私はげんなりしながら頷く。
今年は慌ててやらずに、早めに終わらせてレイくんとデートに行こう、そうしよう。
そして……。
チラ、とレイくんを見る。
レイくんの誕生日が、もうすぐなのだ。
それが発覚したのは、この前2人でカラオケに行ったとき。
学生証を見せるときに、こっそり確認したのである。
誕生日のことをすっかり忘れていたので、それはもう慌てたものだ。
過ぎていなくてよかった。
ということで、レイくんの誕生日である7月26日に向けてプレゼントを用意せねばならない。
そこで。
今日、急遽秘密裏にお出かけして、レイくんへのプレゼントを探す旅に出る。
26日にはレイくんとデートを取り付けた。
レイくんのことだから、自分の誕生日にすら興味が無いんだろうけど、私はちゃんとレイくんが生まれてきてくれた日に感謝したいから。
レイくんに逢わせてくれてありがとうって。
だから、絶対にレイくんが喜ぶようなプレゼントがいいな。
一応、レイくんはいつもピアスをつけてるから、ピアスにしようかなとは思ってるけど。
デートの場所はどこがいいだろうか?
相談してみるにしても、慎吾くんはレイくんと趣味が合わないし。
うーん、本人に直接聞くのが1番かあ。
「レイくんレイくん!」
「なに?」
私は帰る準備をしているレイくんに駆け寄る。
「今度のデート、どこに行きたい?どこでも付き合うよ!」
それがプレゼントなわけじゃないけど、誕生日なんだからそれくらいしたい。
私だって、レイくんが喜んでる姿、いっぱい見たい。
「どこでもいいの?ほんとに?」
「うん!」
「じゃあ……ここ」
そう言ってレイくんは軽くスマホを操作して、とあるサイトを見せてきた。
「なになに?えーっと……―――っ!?」
危なかった。危うく叫び出すところだった。
なになになに、そんなところあったの!?
サイトの名前はこうだ。
『恋人持ち必見!ラブラブカップル限定のカップルカフェ!(個室あり)』
「あーあ、かわいそうな果音」
レイくんは、いたずらっぽい声でにっと笑い、言った。
「どこでもいいとか、簡単に言っちゃうから悪いんだよ」
「だだだだって!レイくんはいつも私のこと考えて連れて行ってくれるから、やっぱりレイくんが行きたいところに行きたいなって……」
それがまさか、こんなことに。
嫌では無いことを見越してレイくんは提案しているのだからタチが悪い。
「っくく、じゃあいいじゃん。俺が心から果音と行きたいって思ってたところだからな、ここ」
ぽん、とレイくんの手が私の頭を撫でる。
……また口調、いつもと違う。
いつもレイくんは荒っぽくない口調を心がけているらしい。
そんなレイくんからときどき飛び出る荒っぽい口調は、なんか男の人っぽくてドキドキする。
それがバレたのか、レイくんはこうして普段から出してくれるようになった。
いや、そこまではいいんだ。
かっこいいし、似合ってるし。
でも、私が持たないというか。
ドキドキしすぎて、心臓がなんというか、もどかしい。
「ん、じゃあ行くか」
「う、うん!」
レイくんがするりと指を絡めてくる。
最初の勉強会のときに判明した通り、レイくんの家は最寄り駅が同じで、そんなに遠くない。
だからこうして一緒に帰っている。
「ねえレイくん。レイくんは何色が好きなの?」
「好きな色?……あんまり意識したことないな」
「うーん、だろうねえ」
そんなこったろうと思ったよ。
……でも。
「…………」
「何?じっと見て」
「んーん。なんでもない」
わかる気がする。
レイくんの、好きな色。
そして、レイくんの誕生日当日。
いつも通り、レイくんは私の家まで迎えに来た。
ただ、今までのデートで違う点が一つだけある。
それが。
「きゃー!!いらっしゃい、三ツ瀬くぅーん!!」
ウフフウフフと笑いまくって嬉しそうにするお母さん。
そう、私とレイくんが付き合ったことをお母さんが知っていることだ。
嬉しそうにしては私をチラチラ見るの、やめてほしい。
猛烈に恥ずかしいから。
「………」
レイくんは、私をじっと見つめて優しく微笑んだ。
「やっぱりかわいい。似合ってる」
「……っ!!」
「やっだー!愛されてるじゃないのー!」
お母さんがウフフウフフと笑いまくる。
今日のコーデはカジュアルめにしてみた。
ジーンズに白いトップスを合わせて、髪型と髪飾りで女の子っぽさを出す感じ。
今回はどうしても自分だけで選びたかったから、早く起きて何十分も悩んだ。
今度からファッションの勉強もしなきゃなあ。
ということで。
「えっと、じゃあ、行ってきます!」
「ウフフフフ、いってらっしゃーい!」
ニヤニヤの止まらない、止められないお母さんに送り出され、私たちは恋人繋ぎで出発した。
「レイくん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう。果音に祝ってもらえるの楽しみにしてた」
「あれ、てっきり忘れてるかと思ったんだけど」
まあ、わざわざ誕生日当日にデートを取り付けたんだし、流石に思い出すか。
「今日のために果音がいろいろ考えてくれたと思うと、忘れてなんかいられない」
「そ、そう……?」
「去年まではまだ果音と出会ってなかったから、たしかに忘れてたけどな」
「あ、やっぱりそうなんだ」
それにしても、私に祝われるのが楽しみで覚えてた、なんて。
相変わらず嬉しいことばかり言ってくれる。
これじゃあどっちが誕生日なのか分からない。
だから、私も、ちょっとだけ。
「私も、レイくんの誕生日を祝えるの、とっても楽しみにしてた。カフェももちろんそうだよ、恥ずかしいけど」
私はそれだけ言って笑いかけると、照れ隠しに空を仰いだ。
そのとき。
「―――それは反則だろ」
そんな声とともに、繋いでいた手がくんっと引っ張られて。
気づけば、レイくんの腕の中。
優しく、それでいて強く、レイくんの腕が私を掻き抱く。
「えっちょ、レイく……」
「……かわいすぎ。人がせっかく我慢してんのに」
はあ、とレイくんの熱い息が耳にかかる。
それが恥ずかしくて、甘くて、もどかしくなって、私は固まってしまった。
「好きだよ、果音。誰よりも」
レイくんの声が、硬さを帯びる。
それは、なにかの覚悟のように聞こえた。
「俺が必ず―――……」
「……っ」
レイくんが、体を離す。
レイくんの柔らかい体温が、ゆっくりと分離していく感覚。
「俺が必ず、幸せにするから」
レイくんの唇が、こめかみに幸せを残していく。
レイくんが何に対して覚悟めいた言葉を残したのか、わからなかったけど。
「うん。私も」
何に対してかわからないであろう返事を返した。
もしかしたら、レイくんは頭がいいから、わかってしまうだろうか。
好きだよ、と。
俺が幸せにするっていう言葉、どっちもに対する「私も」であること。