水族館に入ると、開放感のあるロビーが出迎えた。
ロビーの中にもクラゲの水槽やイカの水槽があって、イルミネーションとかされてて、もう綺麗だ。
そこから早速順路を歩く。
「あ、ウツボだ」
「果音はウツボとミノカサゴだったらどっちが好き?」
「うーん、なんかぽけーってしてるウツボかな」
実を言うと、レイくんが好きって言ってたし悪くないかも、って思っただけ。
でもそれはあまりに恥ずかしいから、言えない。
ウツボとタコとクラゲ、チンアナゴなどのブースを過ぎたあと、水槽トンネルを通ってみた。
「うわあ…っ!」
キラキラしてて、かわいい魚たちが泳いで行って、なんとも言えない感動に包まれる。
私たちの頭上を、エイが通り過ぎて行った。
「……。」
「果音?」
私は立ち止まってエイを見る。
「なんかさ、レイくんってエイっぽいよね」
「エイっぽい…?」
レイくんがびっくりした様子で私を見る。
私は、悠々と上を泳ぎ続けるエイを指さした。
「エイってほら、しっぽに毒があるらしいじゃん。表面とげとげしてるけど、エイって裏面の顔がかわいいんだよね!」
一見危険そうでも、下から見るととってもかわいい。
冷酷そう無表情のレイくんは、蓋を開けてみればとっても優しくて笑顔がかっこいい人だった。
やっぱりレイくんはエイっぽい。
「ふは」
レイくんは耐えきれないというふうに笑った。
「サメは言われたことあったけど、エイは初めてだ」
「そうなの?」
とっても似てるけどなあ。
「感性独特だねってよく言われない?」
「言われる」
でもでも、レイくんがサメ?
うーん、そんなに危険じゃないよ。
レイくんはサメには似てない。
レイくんが危険なのは、相手がそれ相応なことをしたからで。
それこそ、男の子を襲ってたりとかね。
しっぽに触れば危険なエイのほうがよっぽど似てる。
「レイくんはサメじゃないよ、絶対」
「そうか」
「うん」
短い返事だったけど、レイくんの声音は明るい。
すり、とレイくんの指が私の指に絡んだ。
今まで恋人繋ぎじゃなかったのに。
心臓がバクバク鳴って、全身にぶわっと熱が回る。
…こんな時間が、ずっと続けばいいな。
そんな叶うはずもない願いを、縋るように思った。
そのとき。
「果音はアザラシかな」
「え?」
水槽トンネルの先の、海獣たちのコーナーの1番奥。
そこの大きな水槽で泳いでいるアザラシを、レイくんは指さした。
「アザラシ?ペンギンじゃなくて?」
「そう、アザラシ」
レイくんは私を濡れた瞳で見て、ひんやりした手で頬を撫でる。
「ペンギンが人間に寄ってくるのは懐いてるんじゃなくて、南極に人間はいないから、敵か味方か見定めようとしてるんだって」
「そうなんだ!?」
「でもアザラシは好奇心旺盛で懐きやすい。ペンギンとは違う」
レイくんは繋いでいる手を持ち上げた。
「果音は馬鹿だな。好奇心旺盛で懐きやすくて、そのせいで俺に捕まって、本当にアザラシみたいだ」
捕まる。
それは今手を繋いでいるから捕まってる判定?それとも―――
「そのくせアザラシも果音も、みんなに好かれるから、俺は牽制し続けないといけないし」
「なんかごめん???」
「いいんだよ、果音はそのままで」
ちゅ、と。
小さな音を立てて、レイくんは私の手の甲に口付けた。
「っ!?」
「……」
レイくんは何も言わずに私の照れる姿を見つめる。
なんでそんなこと、なんて聞けるはずないし。
好きな人にこんなことされて嬉しいし恥ずかしいし。
今日照れすぎっていうのもわかってるけど、でも照れるものはしょうがないと割り切ってみる。
割り切ってみるけど、照れるのは変わらない。困る。
それをたぶんわかってて、レイくんは何も言わないのだ。
その後しばらく、私は手の感触を思い出して照れてを繰り返し、しゃべることができなかった。