そして、お出かけ当日。

お母さんにコーデ相談をしたら、まず誰と行くかを聞かれた。

最初は答えなかったけど、執拗に聞かれて渋々答えると、お母さんは。


「果音が!!!男の子とっっ!!!!デートっっっ!!!!!」


案の定大袈裟に口元を手で覆って叫ぶものだから、宥めるのが大変だった。

風邪引いたときに1回レイくんを見ただろうに、まだびっくりするのか。

おまけに、今度勉強を教えてもらうときにでも連れてこいとか言う始末。

はあ、どうするべきか。

まあとにかく、そんなこんなで、お母さんが協力してくれて、私は精一杯おめかしをした。

好きな人であるレイくんのお出かけ、気合いを入れないとね。

ちょっとでもレイくんに相応しい見た目でありたいし。

ということで、今日の私は。

髪はひとつに編み込んで垂らし、菜の花の髪飾りをつける。

ちょっとだけナチュラルメイクをして、大人っぽく。

服は白を基調としたシャカ素材の半袖のロングワンピース。ベルト部分はリボンの形になっている。


「はう、流石かわいい娘……これでレイくんとやらもイチコロね」

「イ、イチコロって……もう」


褒めてくれるのは素直に嬉しいけど大袈裟だし、そもそもイチコロなのはお母さんのほうでは?

レイくんのかっこよさに。

……いや、お母さんはお父さんが大好きだから、それはないか。

いくらレイくんでも、そこが千切れることは絶対ないのだ。

そう思ったとき、ちょうどピンポーン、とインターホンが鳴る。


「さあ、愛しの彼氏の登場よ!」

「だから彼氏じゃないってば!」


レイくんが彼氏になったら幸せだなあとは思うけど!

照れながらお母さんに送られて、私は家を出た。


「レ、レイくん、お待たせ……!」

「……っ」


わーお。

やっぱりレイくんは最高にかっこいい。

黒と白を基調にしたシンプルな格好にピアスが光る。

高い身長と長い足を活かしたセレクトも完璧だ。

芸能事務所さん、ここです。ここに至上の美がいます。


「果音」

「へっ!?」


じっと見惚れていたせいでびっくりしてしまった。

そんな私を見てふっと笑ったレイくんは、私の髪をすくって髪飾りをなぞる。

それから私の格好をまじまじと見て、髪型が崩れない程度に撫でてくれた。


「今日もめっちゃかわいい。似合ってる」

「―――!」


ぶわっ、と熱が集まる。

レイくんは私が照れてるのを楽しそうに眺めている。

なんか、なんか甘いな……!?

さっきお母さんに褒められても、照れはしたけどこんな気持ちなかった。

やっぱりすごいな……好きな人に褒められると、こんなに嬉しいものなんだ。


「っレ、レイくんも!」


私は勇気を振り絞って顔を上げた。


「今日も、めっちゃかっこいいし、その……似合って、ます」

「……―――っ」


ごくっと唾を飲んだレイくんが、優しく、だけど少し慌てたように私の手を取った。


「えっ」


い、いきなり手繋ぐの!?

手汗ないかな!?大丈夫かな!?

心配になって、慌てて、それから気づく。

……レイくんの手、熱い。


「行こ」

「え、あ、うん!」

「絶対、楽しませるから」


耳が真っ赤なレイくんが、優しく笑った。


****


電車で少し移動してから少し歩く。

前回とは違って手は繋いだまま、私たちは目的地に向かった。


「あ、ねえレイくん、今度このショッピングモール来ない?」

「!」

「新しいカフェがオープンしたらしくて!レイくんが好きそうなのもあるからさ!」


レイくんはいつも無糖コーヒーを飲んでいる。

私はカフェオレ好きなのでびっくりだ。

でもそこは甘いのも甘くないのもあるみたい。


「行く」


レイくんは即答した。


「ほんと?レイくんあんまりカフェ好きじゃないかなって思ったんだけど」

「行く。果音が誘ってくれた初めてのデートだし」

「―――!」


あ…そっか。

私今ちゃっかり、次のデートの約束取り付けたんだ。

次はあそこ行こう…って。

うわあ、私何やってるんだ!嬉しいけど、嬉しいけど!


「顔真っ赤」


レイくんが、繋いでいないほうの手の指の背で私の頬を撫でた。

レイくんの手がひんやり冷たい。

鏡を見なくても、それだけでレイくんの言葉が正しいことがわかってしまう。

うう…恥ずかしい。


「あっほら!あれ!ショッピングモールのマークの猫ちゃんかわいいよねー!黒猫!」


レイくんの雰囲気があまりにも甘くて、照れて。私の中で何かがおかしくなる。

だから話題を変えようとしたら、とっても不自然になってしまった。

いくら慌てたからって、ショッピングモールのマークの話なんて…まったく。

もうちょっといい話はなかったのだろうか。

だめだ、今は頭が回らない。


「果音。あれ、黒猫じゃない」

「え?」


なんと、優しいレイくんは私の渾身の話題逸らしに乗ってくれた。

っていや!!そこじゃなくて!!!


「えっ、あれ猫ちゃんじゃないの!?」

(からす)だよ。猫にも見えなくはないけどな」

「烏!?」


言われてみれば烏に見える。

というか烏のほうが断然そう見える。

うわあ…失態2連続……まさかの渾身の話題逸らしが間違ってたなんて…。

私が今まで猫ちゃんだと思ってたのはいったい何だったんだ!?

呆然としつつも納得していると、レイくんが肩を震わせていることに気づく。


「っふ、はははははっ!」

「!」


レイくんが、体育祭のときみたいな無邪気な笑顔で笑い出した。


「あれが猫って…感性独特すぎ…」

「う…。それ今言う?」

「めっちゃかわいい…やっぱり果音最高」

「っえ?」


思ってもいなかった返しに、素っ頓狂な声を上げた。

そ、そっち?面白いとか変とか、そういう方向で言われると思ったのに。

私の馬鹿なとこも、有り得ない勘違いもぜんぶ受け入れてくれてるみたいで照れる。

何もしていないほうの手で頬に触れてみると、やっぱり熱い。

やば、心臓壊れそう。

今だけは、レイくんの顔、見れそうにない。

口元を手で覆って視線を泳がせる。

すると、少し先に、大きな建物が見えた。

その建物に思い当たるものはないが、真新しいので新しく出来たものでろう。

そして、それは外観から推測するに。


「水族館!」

「そう」


レイくんは、私と繋いでいる手をぎゅっと握った。


「ずっと前―――校舎案内の帰りに、聞いてきただろ、『ウツボとミノカサゴだったらどっちが好きか』って」

「う、うん!」


そういえばそんなこともあったっけ。

よく覚えてるなあ、レイくん。


「唐突にあれを聞いてくるくらいだから、水族館好きなのかと思って」

「好き!!」

「…っ、よかった」


レイくんはもう一度ぎゅっと手を握ってきて、笑った。

…覚えててくれた。

レイくんが、あんな些細なことを。

やば、嬉しい。


「行こうか。招待券持ってるから」


おもむろに封筒を取りだして招待券を見せてくるレイくん。


「レイくんすご…!?なんで持って…!?」


それって株主とかが持ってるやつでは?


「ひみつ」


レイくんは人差し指を唇にあてて微笑んだ。

それに私はまた照れて、だから聞こえていなかった。


「はー…あっぶな…俺に対してじゃないのに、『好き!』がかわいすぎて理性ぶっ壊れるとこだった…」


なんとか誤魔化しきったレイくんの、そんな呟きは。