「果音」
用具を持って戻るなり、レイくんが早足で近づいてきた。
そして、私の体をまじまじと見る。
「レイくん、どうかした?」
「…怪我、ない?」
「え…っ」
なんで、レイくんがそれを。
見てる人の気配は感じなかった。あの男たちの気配だけ。
なのに、なんで。
「想定より1分以上遅かったから。あと、異様な気配があった」
「!」
異様な気配。
レイくんは、遠くからでもそれを感じ取れていたのか。
それは…それはすごい。
「大丈夫、なんもないよ」
私は笑いかけた。
「なんか、4人くらい不審者が倒れてただけ」
「…そっか。よかった、無事で」
いつか、私はレイくんに言うのだろう。
私の『正体』、過去、犯してしまった罪も。
そして、貴也くんとの出来事も。
でも、今はまだこのままでいたい。
この関係が壊れるのが嫌だから、言い出せない。
私は、本当に馬鹿だ。
「さて!じゃあ、準備しよっか!」
パンッと手を叩いてみんなを見渡す。
応援合戦……クラス全員で、勝つ!!
「ふー……」
衣装に着替えた私はゆっくり深呼吸した。
他の組もとってもすごかった。
チアダンスとか、男子の本気の応援団とか、綺麗だったしかっこよかった。
でも―――そう、私たちだって頑張ってきたんだもん。
きっと勝てる!!
私たちの衣装は、和風テイストの服だ。
和洋折衷?みたいな、踊りやすいものにした。
女子は扇子をもっていて、片手でかっこよく開けられるようにしてある。
位置について、ポーズをとる。
センターは私とレイくん、慎吾くんに陽向っちだ。
『では、2年1組の発表です』
音楽がスタートした。
パッと扇子を開く。
くるりと回転して、袖をはためかせる。
凛とした和風の音楽に、私たちの踊りと掛け声が乗る。
私が、ペアであるレイくんの手に乗って飛び上がり、くるくると回ってレイくんに受け止められる。
わあっ、と会場が湧いた。
陽向っちも続き、その下をタカハラくんたちが演舞する。
……楽しい……!
差し出されたレイくんの手を取ってターンしながら笑ってしまった。
とっても楽しい。みんなで歌ってるみたいだ。
扇子をパチンと閉じてレイくんとくるくる回る。
衣装が舞って、綺麗で、見とれそうになる。
……そのとき。
「……?」
チリ、と嫌な予感が駆け抜け、踊りながら反射的に原因を探す。
するとそれは案外早く見つかった。
こちらを面白くなさそうに、そしてソワソワしながら見る……あれは、4組?
彼らの視線はさっきから陽向っちの足元に注がれていて……って、まさか!
彼らのしたことを悟った、次の瞬間。
「っぐ……!?」
回転しようとした陽向っちが、靴紐を踏んだ。
やばい……!!クライマックスだし、なんとか誤魔化さないと!!!
やっぱり、陽向っちの靴紐にワックスが塗られていて、ほどけやすくなっていたのだ。
なんかやけにピカピカしてるなと思ったら!
わざわざ特有の匂いがないお高めのワックスを使うなんて……。
気づけないわけだ。
そして、なんとか誤魔化すために、私たちは動く。
まずペアの慎吾くんが、陽向っちを抱きとめながらダンスのポーズのように支える。
その直後に私がレイくんと協力して大技を披露して気を引いて、悟ったクラスメイトたちが陽向っちたちの前に出た。
踊っている間に靴紐を結んだ陽向っちがみんなの間から出てきて、最後にポーズ。
「っ、はあ……はあ……」
転びそうだった本人は、だいぶびっくりしたようで、息を荒くしている。
……っ、なんとかなった……?
チラリと4組ズを見ると、憎々しげにその場を去るのを確認する。
「……。」
ひとまずは切り抜けた、かな。
弾けるような拍手を浴びながら、私はこっそりため息をついた。
彼らは焦っていた。
わざわざリスクを犯したというのに、何の成果も得られなかった。
着席していなければならない時間を焦れったく過ごしてから、全速力で「証拠」のある場所に急ぐ。
1組の女子の靴紐に塗ってから、持って教室に戻ると目立つからと、校舎裏に隠しておいたワックス。
それを回収しておかなければならない。
だが、彼らは焦っていて気づかなかった。
既に校舎裏にいる人にも、証拠隠滅に来たことが裏目に出ることも。
彼らが校舎裏に到達すると、ベンチには1人、誰かが座っていた。
足をぶらぶらさせながら、手に持っている何かを眺めている。
「―――!」
手に持っているそれは、自分たちの目的のワックスだった。
「結野……果音」
彼らは、ワックスを持っている人物の名を呟く。
すると、その人物―――結野 果音は、ゆっくりと彼らを見て微笑む。
「やっほー。これさ、ここに落ちてたんだけど、誰のかわかる?」
落ちてた?そんなはずはない。
だって、それは入念に隠した。
だから、ただここをブラブラと歩いていたとして、見つけられるはずがない。
きっと彼女は、それを知っていて言っているのだ。
「そういえば、さっきの応援合戦のときに、私の大好きな親友の陽向っちの靴に、これが塗られてたっぽいんだけど」
彼女が立ち上がる。
ゆっくりと、歩いてくる。
なのに、彼らは一歩も動けなかった。
運動神経しかない、頭の悪い脳筋のはずだ。
そんな脳筋、自分たちには敵わないはずなのに。
なんだこの、圧。
気を抜けば刺されてしまいそうな、緊張感。
「勝ちたい気持ちはわかるよ。とってもわかる。けどね」
彼女は、彼らとの距離を2mほど残してピタリと止まった。
「《これ》使ったら、もう負けを認めたってことにならないかな?それって頑張ってくれてるクラスメイトに失礼じゃない?」
果音は、再び微笑んだ。
「これ、落としてたよ」
そう言って、果音はワックスを彼らに握らせた。
「へ……?」
てっきり没収されると思っていたのか、彼らはわけがわからない様子だ。
「次。またこれを使ったら、私、きみたちに何しちゃうかわかんないよ」
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。
今まで感じたことの無い威圧に、彼らは泣きそうになった。
「……わかるよね?もう、使わないでね?」
もう、こくこくと何度も頷くことしかできなかった。